
Demonic Angel. (ブギウギヒーロー その後)
たった一人分のチャーハンを作るための卵を買いたいのに、卵というのは如何せん、どんなに小さなパックを選んでも四個入りが限界だ。四個もいらねえのによ、とぶつくさ言いながら買い物籠に卵を放り込むわけだが、そんな心境で籠に放り込まれる卵も可哀想だよな、とも思う。バラ売りにしてくれりゃいいのだ、全国のスーパーよ。一人暮らしの学生と(くどいようだが、とりわけ、彼女なしの男子学生)、そしてなにより、卵のために。
昨日は卒然と現れた来客のおかげで、四個中二個の卵を消費することが出来た。使用された卵がレギュラー陣だとすれば、自分の出番を待つ余りの卵二つは、現在冷蔵庫というベンチで待機している。
余りの卵はそのうち使おうなどと呑気に構えていると、買った日を忘れ、更には消費期限の記載されていたパッケージなどもとっくに捨てていることに気付き、「この卵は果たして食えるのか?」などという禅問答にも似た疑問に駆られることになる。ベンチを温めてばかりで一向に出番がない選手たちは、すっかり意気沮喪してしまうというわけだ。
また、冷蔵庫に入れていたとはいえ、夏場という食品にとって最高に劣悪な状況下を考慮すれば、果敢にその卵に食いかかろうなんていう気概は湧き起こってはこないものである。
卵は購入した日をしっかり覚えているうちに使ってしまうのが一番だ。そういう訳で、オレは二人分の朝食を作っている。オレが今目玉焼きを焼いている、ということだけをお伝えするために、随分と長い前口上にはなったが。
目玉焼き作りに関しては、それなりのこだわりがある。むろん、目指すは半熟だ。油の敷いたフライパンにただ卵を割って待つだけでは、納得のいく半熟はできない。オレは卵を割り入れ、白身だけに火が通ったあたりで、コップ四分の一程度の水を注ぎ、すぐに蓋をする。蒸し焼きの状態を作るわけだ。油と水が反発して小さな爆発のような衝撃が起こるため、蓋はしっかり押さえておくことが重要である。黄身が白っぽく、本当に薄い桃色のようになったら皿へあげる。
薄い桃色? とオレは、完成した目玉焼きと己の薬指に巻かれてある絆創膏を見比べ、同じ色だ、と何故かげんなりした。
小さな爆発のときに生ずる音が耳に届いたのか、未だベッドの上で寝息をかいていたロイの身体が動きを見せた。壁のほうへ向いていた彼の身体が、こちらへ向き直る。半分ほどしかまだ開いていない目でオレを認めると、ロイは少し考え込むような表情になった。なんでエドがここに? とでも思っていそうな間の抜けた顔だ。なんでもなにも、オレの家だっつうの、バカタレ。
そうして、自分が全裸であることを察したらしい、ロイは鷹揚とした仕草で布団の中を覗き込み、下半身にも衣服がなにひとつ身についていないことを確認している。のんびりとしたロイの動作に、オレは無性に苛立った。
ロイは覗き込んだ布団の中に腕を差し込み、何かを取り出した。何だ、と思ってオレもそれを見遣ると、あにはからんや、コンドームの空袋だった。
「きゃ」と情けない声をあげたのは、やはりオレ。そんなモノを使用していたとは、まったく気が付かなかった。「な、なんで」
オレの家にはあのような物騒なものは常備していない。親にコンドームが見付かるのと、国に核開発を摘発されるのは、ほぼ同等の後ろめたさに駆られるものだ。そんな危険なもの、いざという時に際するまでは、用意はしないと決めていた(その「いざという時」がなかなかやってこないことにも、悲嘆せざるを得ないが)。
ロイはといえば、その空袋をぼんやり眺めながら、どうやら全てを把握したようだ。そもそもそのブツはロイが持っていたもののはずなのだ、その空袋を見ても現状が理解できないとでも言うのなら、オレは張り手のひとつでも食らわせてやるところだった。
とりあえず、とでも言わんばかりにロイは床に放ってあった自分の下着を身に付けた。そして、ベッドの上に肩身狭そうに正座し、オレの目もまともに見ないまま、「……いつ起きた?」と弱弱しく問うてくる。
「一時間くらい前」オレは二つの目玉焼きをテーブルに並べながら、しらっと答える。「ほら、朝メシ」
「申し訳ございませんでした」両手の拳を太腿に載せ、白々しい敬語でロイは深々と頭を下げてきた。「エドの意思も確認しないで……堪え性に欠けてた」
すみません、とロイは本当に申し訳なさげに瞼を伏せる。オレはいらっとして、せっかく作った完璧な半熟目玉焼きを投げつけてやろうかと思った。ロイが後悔していそうだからじゃない。オレの意志を尊重してくれなかったからでもない。
オレは、嫌だったら絶対にあんなことさせない。オレは素直じゃないから、愛想よく「いいよ」なんて言える性質じゃないんだ。そんなこと、知ってるはずだろ? 十年の間に、そんなことも忘れちまったのかよ、と腹が立ったのだ。オレはそんなに尻軽じゃねーんだよ! と叫びそうになるのをぐっと堪える。
悄然たる面持ちで、俯き加減に視線を彷徨わせていたロイは、ある一点に目を留めた。すると、ロイの背中を覆っていた暗然たるオーラが、瞬時にして霧散する。それどころか、ご満悦そうに微笑まで浮かばせ始めた。そのあまりの豹変に気味悪さを覚え、ロイの視線が集束している箇所にオレも目を向ける。
そこには、目玉焼きの薄い桃色、によく似た、絆創膏。はっとして、オレは左手を背中に隠した。「こ、これはッ!」かあ、と顔が熱を持つのが分かる。
「十年間、大切に保管してたのに、勝手に使うなよ」
オレを咎めるような台詞と、ロイの愉悦に満ちた表情が、まったく釣り合っていない。オレの怒りゲージが急速に溜まっていく。
「指を! 切ったんだよ! 朝メシ作ってたら!」
「随分こだわりがあるんだな」ロイはしたり顔で言い返してくる。「目玉焼きを焼くのに、包丁を使うなんて」
「っ……!」声ならぬ声を発しながら、オレは一歩後ろへ仰け反った。
「どれ、切ったなら見せてみろよ」言って、悠悠と手を伸ばしてくる。「舐めてやるよ」
ロイの不敵な笑みには、可愛らしさの欠片もない。天使というのは、十年経つと、立派な大魔王になるらしい。
絆創膏を剥がしたら、オレの嘘が露呈する。
目の前には大魔王。左手には似非結婚指輪。
オレに、勝ち目は無さそうだ。クソくらえ。
END
長文お付き合いいただきまして有難うございました〜〜!
この話を書いたのはもう3年以上前になりますが(おそろしい…)ものすごい高いテンションで5、6日くらいで書き上げた記憶があります…
ちびロイエドを書くのが楽しすぎました
余談ですが……わたしの幼年期の記憶というと、よく姉と喧嘩していたことが真っ先に思い出されます
木下姉妹のあいだでは何故か「まめ」というのが最大の悪口で(笑)わたしが小学生の頃、3つ上の姉によく「おまえの顔マメみたい!マメ!まーめ!」と言われて、「マメって言わないで!!!!マメじゃないもん!!!!うわああああああ(号泣)」ってかんじで泣かされた記憶があります……笑
なぜ「まめ」と言われるのがそんなに嫌だったのか、いまとなっては全然わかりません…いいじゃないマメ…おいしいじゃない…
その十数年後に、豆と小ばかにされる少年(エド)にここまで(ほも的な意味で)翻弄されることになるとは夢にも思いませんでした
これが……運命……?(いっそこわい)
(いまとなっては姉とはとっても仲良しです笑)
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