『生徒指導室』。

やーな響きですね。よくわかるよ、うん。
生徒たちが忌諱の視線を投げかけ、遠巻きに迂回して通るこの箱に今収まっているものは、四匹の生物。
向かい合った二つのソファの片側にはまず、禿頭が蛍光灯によく反射する五十がらみの学年主任と、厳つい筋肉だけが取り得の体育教諭。そしてもう片方のソファには、無茶苦茶優秀でどこまでも品行方正(大いに、そのつもり)な生徒が二人、膝を突き合せて対峙している。
もちろん、こんな物騒な場所に呼び出されたのなんて初めてな訳です。
「なんだそのピアスは!」
禿頭の口から発され室内に轟いた詰問の怒声は、どこか裏返っている。本調子じゃないな、しめしめ、馬鹿め。まあオレたち二人を目の前にしてりゃ当然の反応だ。
相棒──オレの隣に座る男は響く怒声を尻目に、木で鼻を括る態度で窓の外を眺めている。その右耳には、オレの左耳と同じピアスが光る。
(任せた。助言はする)そう無音で言っている。
ラジャー。
ピアスの経緯はおいおい話すとして・・・・。我が校の規則で最も重んじられているもの、それはずばり「身だしなみ」。
要は、制服をちゃんと着てくださいよぉたのみますよぉ、って事だ。更に、ピアスとかあけないでくださいよぉ、髪とかも染めないでくださいよぉ、という事ですな。
しかしながらあけちゃったもんはあけちゃったし、今から塞ぐのも面倒くさいし(っていうかすっごく痛かったんだぞコレ!)、でも目の前の禿頭と筋肉の塊は鬱陶しいし、さあどうしましょうかね──。
聖倫学園、ここは国内随一の難関私立高校でありまして、もちろん輝かしい功績と名声を背負った学園ですから、世間の衆目や評価・評判にはとっても過敏。
これだ。これがこの学校のウィークポイント。
オレは欠伸をひとつしてから、捲くし立て体勢に入った。
「えーと、今度の模試って一週間後でしたっけ」
(・・・・なるほど。それを使うか)隣の相棒が無声で呟いた。
教員たちの怪訝な表情、今に蒼白になっていきますから、どうぞごゆるりとご観賞くださいませ。
イッツアショータイム、ってところだ。
「オレ面倒くさいし、別に受けなくてもいいかなー」
な? と相棒に相槌を求める。反応はなし、それは無視ではなくて、助言の余地なし、つまりそのまま行け、ということだ。
「学年ダントツトップの二人、高校一年にしてアンテナの上位をガンガン掻っ攫っていく超優秀生徒が、聖倫学園に入学した途端に成績がた落ち、なーんて評判がついたら、これまずいですよねぇ、ちょっと」
因みにアンテナっていうのは、全国模試の成績上位者が記載されている雑誌のことだ。
「『入試だけ全国一難関校』って銘打たれること請け合いだろうな」ここで、まだ窓の方を見遣っている相棒から絶妙な助言が入る。
いい感じだ。
「オレは白紙で提出してもぜーんぜん構わないし・・・・白紙だとちょっとわざとらしいかな、半分ぐらい真っ白で提出しようかな」
ここで禿頭教員が重そうな口を開いた。「・・・それはつまり学校を脅しているのかな?」
「別にそういう訳じゃないですけどー、まあ結果的には」とオレ。
「そうなるかもな」と相棒。まだまだ。
「この前持ちかけられた学校パンフの出演話も、断ったっていいし・・・・」
「受験者数、三分の一は削られるだろうなぁ、お気の毒に」いい加減外じゃなくて、教員の方向けって、まったく。
この辺で最後のくだり。
「この、髪ですぐ隠れちゃうような小さな耳の飾り、これ一個許してくれるだけで、学校の評判と伝統を守れるわけですね」にやっと笑ってオレ。
「あーら簡単、それを許さない手はないわね」にやっと笑って相棒。「わね」口調なのに、断固たる意思が込められている。
青筋を立てる教員が、大きく重い溜息をついて、「・・・・もどっていい」。
オレたちは一層にやにや笑いながら、声を揃えて吐きすてた。

「まいど」


★三毛猫ヤマト★
--第一便--



ひんやりと冷房の利いた図書室で涼みながら、オレが黙々と読書に勤しんでいる。
本の世界に耽溺したその瞬間から、いつもなら周囲の音など一切聞こえなくなってしまうのだけれど、今回ばかりはそういう訳にいかなかった。だって、突如としてどこからともなく、「エリーゼのために」の旋律が室内を支配したのだ。しかも、かなりの大音量、否が応でも聴覚が感受してしまうほどの。
(なんだようるさいな! 集中できないだろ・・・・!)オレは嘆く。
図書室運営側の要らぬ配慮ないしはサービスとも取れるその旋律は、オレのすぐ脇にあった赤い大きなボタンを押すと、止まるらしい。オレは誰に説明を受けたわけでもないのに、そのことを知っていた。
そう、これを人は「本能」と呼ぶ──オレは一抹の逡巡もなしに、そのボタンを力強く押した。
旋律が止まって一安心。
もう一度書物の耽美な世界に入り浸って、暫しの時間が経過する。
チカッ。今度は睫毛に刺さる陽光が眩しい。
なんなんだもう、オレのこよなく愛する読書をいちいち邪魔しやがって!
根源不明なその光があまりに眩しいので、一度目を強く閉じて、開いた。

チチチ・・・・、と小鳥の囀り。オレは自室の安っぽいベッドの上。
窓から差し込む明々とした陽光はやっぱり眩しかったけれど──「本能」だって? 馬鹿者!
ただの「寝惚け」だ!
(目覚まし音が「エリーゼのために」の)時計の針は、八時ちょっと前を示していた。
「や、やっべ!」
これが一人暮らしの辛さな訳だ。


ごめんなさい神にも仏にも女神にも誓って返します! とお祈りをしてから、アパートの前の自転車をかっぱらって漕ぎ出した。
鍵をかけていない無用心なアナタもちょっと悪いんだよ! と、空き巣の動機で頻繁に使われそうな言い訳を念じながら、縛り方のわからないネクタイと通学バッグを籠に突っ込んで、渾身の力でペダルを踏む。
(八時十二分発の電車に乗れば、ギリギリ間に合う!)
そう念じながら無心に自転車を漕ぎ、有言実行、オレは八時十分に駅に滑り込んで、初めて使う綺麗な定期券を(初定期の感慨に耽る暇もない)改札に滑り込ませると、バコッと変な扉のようなものが閉じて、オレの進入を拒んだ。
な、なんで! と思いながら、締め出された定期を見ると、バスカードだった。
幸先不安だ。


喘ぐように息を切らしながら、入学式の席に着く。どうやら、間に合ったらしい。己の天才的な腹時計と機敏さに、一人胸の奥で拍手喝采する。
そして、さあ、くるぞ・・・・と、オレは腹を括った。
何がくるのかといいますと、まあまあ、暫くすれば、ソレは自然に始まりますから。そう焦らなくとも。
コソコソ、コソコソ、という潜まった声がオレの耳を打ち始める。耳を澄ませばその「コソコソ」には、キャーとか、ウッソーとか、マジーとか、マジ有り得なくない? とか、そういった奇怪とも呼べる類の声が内在されている。言語の甚大な乱れを痛感するが、オレだって口語に於いては例外ではないので、文句を言うことも出来ない。
オレは前髪で顔が隠れてしまうように俯く。ああ、後ろで髪を束ねてこなければよかった。
自慢ではないけれど(自慢という域を超越して、もういっそ辟易)、オレは、母親似とかそういう言葉では処理できないほど、とんでもなく女顔、らしい。
幼稚園のお遊戯会、小学校と中学校の予餞会・学園祭、麗しの姫君役は一つ残らずオレに押し付けられたという苦渋の思い出は、埃(「埃」であって、決して「誇り」ではない)を被ったアルバムの中へと封印されている。
そして得てして、女顔の男、というものは良いもの若しくは美しいものに分類されてしまうらしい。オレとしては気色悪いとして扱っていただいたほうが寧ろ楽だったのではないかと思う。
だって、ボブ・サップの体躯に、オードリー・ヘップバーンの顔を乗せてみてごらんなさいな。気持ち悪いよ、これは。
サップの筋骨隆々たる剛健な体躯と、オードリーの端麗極まりない美顔、どちらも百点満点なのに、二つが融合することによってそれらの美点は見るも無残に崩壊する。
それは何故か。ずばり、そこにはそれらの美点や魅力をいとも容易く凌駕してしまうほどの、違和感と不調和さ、理不尽さがあるからだ。
だからふつう、女顔の男なんて、気色悪い部類に分類されて、当然なのではないでしょうか?
まあ、いいや。ごちゃごちゃ考えんのも面倒だ。
とりあえず、オレの座る列全員分の、好奇と驚異で充溢したナイフのような視線が、ぐさぐさとオレの身体を刺す。いててて、恨むぜ、母。
それでも、こんな状況下にももう慣れた。十五年間感じてきたんだ、もうベテランです。
その内ヒソヒソ声はゴキブリの生命力のごとくすさまじいスピードで繁殖し、感染していくので、前後左右に四方八方、とにかく三百六十度からのナイフを覚悟しなければならない。
けれど今日は、後方からの視線は全く、感じなかった。どうやらオレの後ろ側に、そのゴキブリ並みの繁殖と感染を防ぐ、強力な抗体成分があるらしい。
おう、ラッキー! 抗体成分の正体はちょっとわからないけれども・・・・。
さて、このあたりで学園長とやらの、長い長い、講話という名の自慢話あるいは能書きたるものが始まった。
えーこの学園の生徒という、えー、自覚とけじめを持ち、えー、日々勉学と、おー、精進に勤しみ、いー・・・・。
オレは「あーいーうーえーおー」が全てコンプリートされる様子を検証し始めた。既に、いー、えー、おー、はクリアだ。
そんなことをしながら遊んでいても、やはり暇だし鼻に付く話なので、パイプ椅子をギィギィ唸らせながら、後ろへ傾けたりしていた。幼年期──とは言っても、父親が病死し、外出が自由に許可された後のことだ──最寄りの公園に行ってシーソーによく乗った。だけどオレの身体はたいへん軽かったので、相手が誰であろうと上昇の際にお尻が浮いて、何度転落しそうになったことか。そんな他愛もないことを茫々と思い返しながら、「退屈」という名の空腹を満たそうとする。
ギィギィ、ギィギィ、ギィギィ・・・・規則性が見えてきたところで難だが、次の擬音は残念ながら、ギィではなく、バタンッ、だった。
後ろに倒れた。十分に予見可能な連鎖。だって暇なんですもの──
倒れた、と思ったのに、いつまで経っても背中に衝撃は来ない。不運にもオレの後ろの席に座ってしまった奴が、倒れてきたオレをナイスな反射神経で受け止めていた。
そのナイスな反射神経の持ち主に、「わりィ!」と謝罪しようとした。
けれど、その言葉を呑みこんでしまった。
ああ、わかった。
後方から視線を感じなかった理由。
「抗体物質はあんたか!」倒れ掛かった状態のまま、気分は探偵。
「は?」
は? と、不快そうに眉根に皺を寄せて、にべもない返事をしてきた男は、ええ、もう言わずともわかるでしょうけれども、優に、超、絶、美形というカテゴリーに属す人種だった。
しかもオレのような「女顔」という、姑息な手段(とオレは自負している)ではなくて、とにかく、なんていえばいいのかな、カワイイじゃなくてカッコイイっていう、まあそういうこと。
オレと共通の部分があるのに、オレとはまったく対極。そんな感じでしょうか。
塩と砂糖って感じだ。オレが砂糖なら、やつは塩だ。一見は一緒なのに、舐めてみると返り討ちにされる。塩をたっぷりいれた卵焼き、アナタ食べたことあります? ありゃ、ひどいよ。悶絶ビャクジ最たるものだ。
その『塩』は、不機嫌そうな顔を呈したまま、ガタッとオレの椅子を元の位置に黙って戻した。
なるほど、なるほど。
オレは暫く大人しくお利口さんに、じっと学園長のコンプリート具合を引き続き検証していたけれども、やっぱり飽きたので、またギィギィしはじめた。
そしてまた後ろに倒れた。
「・・・・・お前、その学習能力の無さで、よくこの学校入れたな」後ろの『塩』は、また律儀にオレを支えながら、苦戯れる。おもしろい奴だな。こういうアイロニーは通じる奴だし、わりと好きだ。
「アイムソーリー! ユアウェルカム! ドントウォーリー!」オレはおどけて見せた。
「なるほど、わかった。お前補欠合格者だな、しかもギリギリまで正規合格者の辞退を揉み手で待ち望んでた類だ。いや、もしかすると裏口入学か? それだな、うん、わかった」
「それってつまりオレが一番馬鹿ってことを言いたいのかな?」
「そういうこと」
「・・・・・確かに、それと似てる部分はあるかも」
「だろうな」そこまで言って、『塩』は椅子をまた元の位置へ戻してくれた。律儀な奴。
「あー、いー、えー、おー」は既にコンプリート済だ。あとは「うー」だな・・・・。
と思った矢先、まだ「うー」をクリアしていないのにも拘らず、学園長の長ったらしい話は終わってしまった。くそう!
「・・・・・続きまして、新入生代表の辞」
化粧の濃いオバサンがマイクに向かって無愛想に告げた。彼女は半径十メートルに入れば香水の香気で一般人がぶっ倒れてしまうような毒ガスを持っているに違いない。
新入生代表の辞、入試で首席だった生徒が担うらしい。
「はい・・・・」という気だるげな返事と共に、誰かが立ち上がった。
誰が立ち上がったかって。
オレだ。
後ろの『塩』の驚愕の表情を見下ろして、ニタリ、と笑みを口元に貼り付けた。
確かに「一番」というところは共通している。だけど、下じゃなくて、上のほうだ。
残念でした。おしかったね、ボク。

「一見だけで人を判断しちゃいかんよ、君」

──これは今でも、彼の座右の銘となっていることだろう。
そしてこれが、オレと「相棒」との出会いだった。



一学年に十クラス。一組がアホ組(と言うとあれだけど、この学校に入ること自体、一般では偉業とされるのだ)で、十組が、まあ、国内一の難関校とされる学校の、一番上のクラスですから、国内の超天才たちが集結しているクラスっていうことになる。
オレは十組の前に立って、ドアに貼られたペラい紙を頼りに、自分の席を確認した。
一番左の列の一番前。五十音順だとしたら、すごいな。エ、だぜ、エ。エドワードの方で並んでもエルリックの方で並んでも、頭はエ。
ア、イ、ウ、で始まる名前の天才はいないのか?
疑念を抱きながら、オレの後ろの名前を確認した。また三つぐらい飛ぶとしたら、カ、キ、ク・・・ぐらいが頭文字かな。
『ロイ・マスタング』
嘘だろ!
ロでもマでも、飛びすぎなことに変わりはない。え、もしかして天才って、アイウに居ないんじゃなくて、ワヲン、とかに集中するもんなのかしら──?
ワはともかく、ヲとかンで始まる名前って、なんですか、ソレ。ンドワード・ンルリック、て、ありえんでしょ、そりゃ。そのピカイチのネーミングセンスを持つ、親の顔が見てみたい。

とにもかくにも、示された座席へ腰を下ろした。続々と入室してくる生徒たち。ヲとかンの確率が高い連中だ。
オレはまたぐさぐさとオレを苛むナイフを避けるために(代表の辞のとき、壇上で浴びた真っ向からの全校生徒と教員のナイフに、もうオレのHPは至極僅かになっている)机の上に腕を組んで頭を乗せ、突っ伏した。
生徒が全員着席し終わると、担任と思しき男が入ってきて、黒板に「ワイマール」と名前を書いた。おお、頭が「ワ」だ! さすが!
早々と、頭文字『ワ』の(白い字で書かれた彼の名前はもう消されてしまった。無駄なことはどうしても覚えてくれないこの脳)校則やらなんやらごたごたした話が始まる。
また話か。ちぇ、つまんねーの。オレはまた椅子をギィギィする。
そのギィギィしていた椅子を、何者かの手がぐっと後ろから抑えて、静止させた。驚いて後ろを振り向くと、そこには『ロイ・マスタング』という男がいるはずだった。
ロイ・マスタングは、先刻の、『塩』。
「悪癖」ロイ・マスタングは気難しそうな顔でオレを諌めた。
「アクヘキ? ワタクシ補欠合格者なので難しい熟語ワカリマセーン。否、裏口入学でしたっけー?」オレの反撃のゴングが鳴る。勝利は目に見えていた。
「だから、それは──申し訳ない」
オレは噴出してしまった。唐突にほとんど初対面の相手とフランクな会話を交わせるようなタイプではないらしい。
「なんだそりゃ、『申し訳ない』!」ここで、相手の名前を呼ぼうとして、詰まった。「えーと、ロイ・・・・君、さん、殿、様、ちゃん・・・・マスタング・・・・君、さん、殿、様、ちゃん・・・・・どれがお好み」
返ってきたのは呆れた声音のレスポンス。
「ロイでいい・・・・糞みたいな付属は要らん」
あとで知ったことだけれど、席順は入試の成績順らしかった。
さすが徹底してるなー、とオレが感嘆すると、「最初だけだそうだ、あとは席替え」とロイから無駄な言葉が一切ない骨格だけのような答えが返ってくる。
なんだか高校生らしからぬ喋り方が可笑しい。奴とは馬が合いそうだ、と思った。
既に意気投合しているオレたちが、クラス中の射抜くような視線を集めていたことは、言うまでもない。

*TO BE CONTINUED*





★三毛猫ヤマト★第一話になります〜*
ロイさん15歳! 単なる木下の趣味ですけれど・・!ドキドキ

因みに タイトルにはなんら意味はありません笑
黒猫ヤマトをちょっと文字っているだけで っていうかこの話を考えているときに、超カワイイ三毛猫が前を通ったので(まじか)衝動的に・・笑