--第四便-- 突然だけれども、ちょっと、オレの愚痴というものを聞いていただきたい。 今、ここに、電話がある。 当節の巷間では、よく“タクデン”などと略される、あれだ。なんだか仰々しく、それでも携帯電話のように浮薄ではなく、白くて、ぐねぐねのコードのようなもので本体と受話器が繋がって・・・って、そんなことはどうでもいい。三者三様、お好きなように想像していただいて構わない、それはただの、電話だ。 ベッドのわきにあるサイドボードの上へお行儀よく座っているそいつと向き合って、かれこれ、十五分は経っているだろうか。ベルをけたたましく鳴らし、主人に受話器の向こう側の客人を知らせ、その客人との連絡を取り持つこいつは、今朝、このサイドボードに不遜に寝そべっているだけで、なんの役割も果たしていない。 睡眠というのは不思議なもので、昨日夜更かしをしたからと言って、必ずしも寝坊するわけではない。その逆もまた然り。 オレは作暁、まあ、相も変わらず悶々と色々思案しながら、輾転もしつつ、結局、睡魔のタクシーがようやくつかまって、それに乗せていただいたのは夜中の三時前だった。 而して、今朝は意識が重く眠気がまだ全身に纏わりついているが、目覚めたのは六時頃。 オレの財布の中身が足りなかったのか、あるいは運転手の睡魔が気まぐれにオレをタクシーから降ろしたのかは、定かではない。 と、まあまあ、色々御託を並び立てたが、とりあえず、オレは早起きしてしまったのだ。それはモーニングコールなんて全然必要ないぐらいの早起きで、けれど、オレは電話を直向きに待っていたわけだ。いつ鳴るか、いまか、いまか、今か? 電話の前に正座しそんな期待に胸を弾ませるオレを差し置いて、沈黙を守り続ける電話に焦りを覚え始め着替えを早々と始めたのが二十分前だ。 髪をとかし、歯を磨き、朝食はいつも食べないのでそれは普段通りで、黄色のピアスをなんだか複雑な心境で嵌めて、ネクタイはバッグのなかへ粗雑に突っ込んで、さあやっとすることがなくなったぞと胸を張ったら、電話がきていないことに気がついた。 (あ、あいつ・・・!)さては。 寝坊助め! そんなわけで、ベルが鳴ってもいないのに、受動側だったはずのオレは能動的に受話器をあげる羽目になった。マシンガンのように、イライラを番号にぶつけるように、とうに記憶されたロイ宅の番号を押す。 プルル、プルル、としばらく義務的な呼び出し音が耳を打って、やはり、あいつはまだ眠っているのだと結論した。そしてその寝坊の原因も、大体把握できる。 ガチャリ。 プルル、の退屈な規則性を脱却する音が聞こえてきた。お目覚めらしい。 「ごきげんよう、未来の弁護士さん」 夜中までに及ぶ刑法民法なんかの勉強で、このザマなのだろう。オレが朗々と言い放つと、ロイはまだ寝惚けているのか、受話器のむこうの空気は静寂を孕んでいる。「・・・・ん・・・?」半眼で室内を見回しているだろうロイの姿が目に浮かぶ。 数秒後、突如ロイが「わりィ!」と言って、電話をなんの未練もなく切った。大急ぎで準備をするのだろうが、 (じょ、情緒のない奴・・・!)オレは合点がいかない。 ロイの乱暴な受話器の下ろし方が鼓膜を過度に刺激して、思わず自分の手の中にある受話器をギロリと睨んだ。 (こ、こんなもん?こんなもんなのか?) 次いで、鏡にうつる黄色のピアスを睨む。友達以上、 (もうちょっと、こう、なんつーか、違うんじゃないのでしょうか)恋人、未満?か?これは。 それで、何、この、電話の対応の素っ気無さたるや! 別にことさらに態度を変えろなんてことは勿論言わない。だけど、ありがとう、とかそれぐらいの一言があったとしたって、罰は当たらないだろう。 人が、どうして昨晩なかなか睡魔タクシーに乗せてもらえなかったのか、あいつは全くわかっていないんだろうな。人が、オレが、誰のせいで悶々と考え事をしなくちゃいけなかったのか、わかってない。その上張本人のそいつは、民法とか刑法とかの勉強で夜更かしして、約束のモーニングコールもすっぽかし、あまつさえ逆にオレ様がかけてやったら、あの、社交辞令の礼さえないフリジディティーな対応。 なんなんだ、釈然としない──単刀直入に言おう。む、むかつ、く! (なに、ほんと、オレってなんなの?なんなの、この空回り気味の役柄は?)ただの馬鹿ではないのかしら。 オレは頭を抱えて、弁護士の卵に怨憎の念を、そいつが住まう隣の隣のアパートまで飛ばしてみた。 なんか、むかつく・・・! 外は綺麗な秋晴れ。秋冷の候、そろそろカーディガンでも調達しないと、だな。 「ヘイ、タクシー」 安普請なアパートの前で弁護士の卵を待ち伏せ。秋気を悉く放逐するような、パッション溢れる、とでも言えばいいのだろうか、そんな風情で自転車を漕いでいる卵のくせに図体のデカい生き物を、わざとらしく手を挙げながら呼び止めた。ヘイ、そこのしけたタクシー、乗ってやるよ。 キキッ!と往還に急停車した自転車の主は、苦々しげな表情でこちらを見遣る。「お前な、早起きしたなら先行けよ。馬鹿か」 「やーだねー」 「二人して遅刻したら大損だろ」 「あのさ、お前はさ、こうしてオレ様がお前を待っていてやるのを、嬉しくは思わないの」 「は?なにおまえ、何様なの」 何が嬉しいわけ?と、逆に問い返された。 無性に、ハンドルを握っているロイの首を絞めたい衝動に駆られる。なんなんだ、こいつ、オレのことが好きとか、昨日まで、わんわんほざいてたくせに!それどころか、輪をかけてオレへの対応が横柄というか、冷たくなっているような気がするのは、オレだけでしょうか。 (ゆ、夢か。夢を見ているのか、オレは) え?じゃあ、今のこの場面が夢なのか。それとも、始業式から昨日まですべてが、夢なのか。 そう疑いたくもなるほどに、ロイは飄々と自転車を発進させるのだ。顔に吹き付ける風も、前よりすこし冷たいだけで、何ら変わりない。 それでも、 (ピアスは黄色いし) その、目に眩しい黄色の反射が、否が応でもオレに現実を実感させる。ためしに、こっそり頬をつねってみた。「い、痛ぇ」 信号待ちで動きをとめたロイが、怪訝な瞳でこちらを振り返った。 「・・・なにやってんだ、おまえ」 うるせえ。 頭上でカラスがカァ、と鳴いた。それは、てめえオレを馬鹿にしてんのか、と喧嘩を売りたくなるような声音だった。 カァ、カァ。雲から揶揄嘲弄が降ってくるようだった。 クソくらえ。 学校に着いたら、それはそれは大騒ぎだった。 並んで登校してきたオレ達を認めるやいなや、ロイ党なのかエド党なのか、はたまたロイエド党か親衛隊か、どれなのか最早判別しかねるがとにかく幾ばくかの女子たちが、やんややんやと騒然と喚きながら、快捷に、『慶祝!ロイ様エド様仲直り』という垂れ幕を持って校庭に並んでみせた。その放列のうちの幾人かは、ぐすぐすと涙さえ浮かべている。そしてその涙を垂れ幕で拭くという不思議セニョリータの様子を見受けて、なんなの、アナタ・・・と密やかに突っ込んだ。 そんなかんじで、勘弁してくれ、と声にならない哀願を何千回も胸中で唱えながら、二人してそそくさと校庭を横切り10組の教室に入ったところで、オレ達を待ち構えていたのはやはり、ブロッシュの哄然たる大爆笑だった。 「や、本当おめでとう!よかった、よかったよ!」 そう豪放に言ってみせるブロッシュの瞳にも、涙。しかしこれは、校庭の女子の涙とは明らかに別種である。ブロッシュのものは揶揄嘲弄が液体化した涙で、それを見たオレは先刻のカラスを思い出し、今日はそんなのばかりだ、とぐったり萎えた。もちろんブロッシュのみならずクラス全員が、こちらを見遣ってにやにやする。それらの注視が痛すぎて、なんとも居づらい。さすがに今ばかりはロイも、きまりの悪そうな顔を呈している。 「ハイハイ、ということで席順も元通りですね、部外者は去りぬ、っと」そんな事を口ずさむように漏らしながら、元々はロイの机である場所から教科書やらバッグやらを取り出して、自分の席へと戻した。そしてブロッシュ本人の席から、ロイの私物を取って戻ってくる。 「ハイ、どーぞ」にやりにやりと笑むブロッシュの白い歯が、憎たらしい。 「・・・・どうも」ロイは殊勝にそれらの荷物を受け取って、お礼を言っている割には、眉間に深く皺が刻まれている。 そのロイの不本意極まりなさそうなお礼を耳に受けてブロッシュが再び、もう堪えきれない、というかんじで、プッ、と笑った。 その噴出しにオレ達は同時に、カチン、と眉を吊り上げ、逆鱗を逆撫でされそうになったが、今回はこの眼前の阿呆に少々感謝しなければならないのだ。 だんまり押し黙ったままオレ達は静々と自分たちの席についた。なんだよー、冷てえなあ、なんて嘆くブロッシュが満目のほんの片隅にチラつくが、殴らなかっただけ感謝してほしい。 「おっ。なにこれ、ピアスが黄色くなってるじゃないですか。ふふ、意味しーん!」 これにはちょっと参った。 目敏くピアスの色に反応して、にやにやとにじり寄ってくるブロッシュになんと言い訳しようか、頭の中が一気に駆動した。 誤って消毒液のようなものの中に落としたら、黄色くなっちゃったんだよ!という突拍子もない言い訳をオレが思いついたところで、 「二学期だから、気分転換」当意即妙。ロイが楚々と答えた。 な、なんだよ、それ、オレが言ったことじゃねえか。はっは、オレってば、何で今になって言い訳を考えてるんだ。馬鹿か。 なにが消毒液だ。 指摘されたピアスの色にヒヤリと一瞬冷たくなった背筋だったが、その感覚もすっかり消えたところで、またブロッシュの無粋な質問が投げられてくる。 「・・・・そいで、なんで喧嘩してたの、君ら」 珍しくちょっぴりしんみりした表情のブロッシュに、今度はオレが息精張って答えた。 「だ、だって、ロイがカレーに福神漬け入れるんだ!」当意、即、妙・・・?とは、とても、言いがたい。 ──だから、オレは馬鹿なんだって。 ブロッシュは、否、ロイまで、ポカンと口を開け放していた。 ロイが無音で言った。 (それは、ないだろ、エド) うるせえ! *** 聖倫祭。 年間でもトップ3には優にランクインする、大きな行事が目睫に迫っている。聖倫祭、と正式名称を格好つけて言ってみたりしているが、詰まるところ、学園祭だ。 うちのクラスの出し物は、いつの間にやら劇ということに決まっていたらしい。喧嘩中のオレ達が机に突っ伏している間に、LHRで早々と決定していたのだという。全然、聞いていない。 それはともかくとして、出し物、劇。クラスメートの魂胆が、嫌というほど見え見えだ。女顔としてこれでもかと潮を踏んできたこの十五年の熟練者に、貴様たちの軽薄な魂胆が見破れないとでもお思いか! 今日のLHRは、そんなわけで、それではなんの劇にするか、という具体的な内容に入っていくようだった。 先手必勝。 ピシ、と直立不動で姿勢良く挙手するオレを、クラスメートをはじめ担任までが、いぶかしんだ。 『え、エドが、授業に参加している・・・・!』そんなヒソヒソ声もオレの鼓膜をふるわせた。『雨が降るか、槍が降るか』 失礼な。 心なしか青ざめてさえ見える担任が、「え、エルリック、どうした」とオレを指した。 指されたオレは意味もなくガタリと席から立ち上がる。言い放つ。 「姫系はやめたほうがいいとおもいます」 途端、クラス中から大ブーイング。目に見えてはいたが。「いまどき、陳腐です」 凛然と理由を捲くし立てるオレに向かって、「なんのために劇にしたと思ってんだ!」「ロイエド党に殺されるだろ!」「ひっこめー!」四方八方からの喧喧囂囂、まったく、やかましい! 頼りのロイも、そりゃ無理な注文だ、と呆れた目でオレを見上げている。 ま、負けない。絶対、姫なんてもう死んでも御免なんだ! 「エド、座れ」沈着に、ロイが言った。ムリムリ、と、口以上に物言う目でオレを諭している。 悔しいがその場は言われたとおり席についた。が、オレの決意は揺るがない。おうおう、白雪だろうがオーロラだろうが勝手にやってくれたまえ。オレは木役だ。岩役でもいい。なんなら、裏方だって喜んでやる。 断じて、あのドレスとかいう代物には二度と腕を通さないと、中学で誓ったのだ。 何故って──決まってる。 そんな公然と女みたいな格好をしたら、変態のファンが100パーセント急増するのだ。中学の学園祭後の、変態バーサス、ドレス着用のオレとの追いかけっこはおぞましい記憶の相当上位に食い込む。それから暫くは貞操の危機の頻度も激増するし、もう、最、悪。思い出すだけでぞっとする。 案の定、というかなんというか、黒板に記された『白雪姫』の上に巨大な花丸がつけられた。多数決で、だんとつ、決定らしい。オレが表した『ピノキオ』への矮小な一票は、風前の塵の如く、容易く一蹴された。 続いて、役割分担の決定に議論は移行した。 “白雪姫”、“王子”、“小人(複数人)”、“魔女”・・・と次々黒板に挙がっていく役名を、絶望にも似た眼差しで見つめながら、いやいや、まだまだ、と自分を奮励した。 役名が全て出揃い、さあどんな決定方法なのかな、とオレが考えていると、書記は何も言わずに独断で、“白雪姫”の項目の下に、『エドワー』と書き始めた。その恣意的な行動にも、クラスメートからの異議はない。 「待て!待てコラァ!」オレ以外は。 立ち上がって、書記を、もといクラス全体を、指弾する。「誰もやるなんて言ってねえだろ!オレは絶対やらねえからな」 ここで再び、クラス中から、エエーッ、という非難の声があがる。知ったことではない。 ま、負けない。 「絶対ぜったい、ぜーったいやらん!無理矢理勝手に決めたって、オレは台詞なんか覚えねえからな」 どか!と眉間に皺を寄せながら椅子に腰を落として、腕を組んで首を伏せ、睡眠体勢に入った。 ぎゅっと自棄気味に閉じた瞼の向こうで、ロイが、 「俺もあんまり王子ってやりたくねえんだけど」と嘆いている。むろん、押し付けられたのだろう。エエーッ、という、お前ら練習でもしたのかと思うほどよく揃ったブーイングが、みたび。「だって、王子の衣装って決まってだせーんだもん」 そのロイの稚拙な理由を聞いて、オレは眠ろうと思っていたのに、知らず、くっ、と笑ってしまった。ざまあみやがれ、10組諸君。基本的人権の尊重、万歳! よく言った、ロイ!と激励してやろうと思って瞼を開くと、ブロッシュがなにやらロイに耳打ちしていた。 い、嫌な予感だ。 「お、おい、ロイ、何を言われ──」オレが言い終えないうちに、ブロッシュが、 「ロイが王子やるってさー!」と声を張り上げた。 な、何ィ! 「おい!ロイ!何を言われたんだ!なにを・・・!」 ガクガクとロイの肩を揺する。オレがあんまり強く揺さぶるものだから、ロイの首が前へ後ろへと安定しないが、そのままロイは、 「王子で損はしないって」震えるというかよじれるというか、そんな声で言った。 オレは手を止めた。「嘘だ、まだ、何か・・・」 「や、ほんと」 ロイの瞳は純朴な光を放っているようにさえ見える。なんてつぶらな。嘘をついている人間の目ではないことぐらい、明らかだ。 当のブロッシュはと言えば、決まりぃー、なんて喜びながら、“王子”の文字の上に花丸を描いている。 「で、あとは、姫役ですが」委員長でもないくせに、何故かあいつが仕切っている。「エドワード君は嫌だとおっしゃるので、もうこの際、他に、誰か、誰でもいいです」 お・・・?やたら、飲み込みがいいな。 「あー、もう、とりあえず、背の順でいいや、背の順」 ぐお!オレの大嫌いな言葉がブロッシュの口から発された。背の、順。あれの先頭に立たされて、腰に手をやるあのポーズを強いられるときの、屈辱やら含羞やら!オレは咄嗟に耳を塞いだ。 ええ、そりゃ、15年間培ってきた、腰に手をあてるポーズのベテランですけど、何か? 「っつーわけで、エドの次に小さい、アルダー、でいいでしょ。衣装のこともあるし、あんまりでかい奴だと無理ねー」 良かったな、ブロッシュ。オレは今耳を塞いでいたから、今のような台詞を吐いたお前が殺されずに済んだようだよ。おめでとう。オレから貰い受けた命を大切にするように。 さて、皆様はすっかりお忘れかもしれないが、アルダーというのは以前、最初の定期テストの結果発表で4位にランクインしていた生徒だ。ファーストネームは、シタン。つまり、シタン・アルダーさんですな。 オレは耳を塞いだスタイルのまま、黒板に『“白雪姫”、アルダー』と記されていく様子を、叫びだしたいような歓喜の思いで見ていた。 母さん、オレを男に生んでくれて、ありがとう。今ようやっと、その誇りを感じた思いです。敬具。 なんちって。 (脱、姫役!) 今夜は祝杯だ!はっは! 結局、オレは音響という、なんともサボり甲斐のある役につきました。えへへ。 *** 祝杯はサイダーで。 む?たかがサイダー?何をおっしゃる。ただのサイダーではございませんよ、『白いサイダー』です。その名の通り、白く濁ったサイダーである。 「ねえ、これ何を思って白くしたんだと思う」そんな疑問に駆られて、なんとなく買ってしまったのだ。 「は?知らねえよ」 相も変わらず冷ややかーな返答ももう受け流して、その『白いサイダー』をためつ眇めつ眺める。見事に、白濁している。非の打ち所がないくらい、『白い』サイダーだ。 そんなオレはいつものように自転車の荷台で、薄暗い秋の闇を、産毛の凍るような冷め切った顔で切り裂いている。その寒気がオレを抱擁するものだから、ぶる、とひとつ身震いした。「さみィー!」 まだ学校は夏服なのだ。10月の頭から、衣替えとなる。確かに、今日のように寒い日もあれば夏がぶり返したかのように暑い日もあるので、一概に9月から衣替えというわけにはいかない。 「カーディガン買いに行こうぜ、あと、マフラー!手袋!こたつ!みかん!」 「最後のひとつはなんか違うけどな」 「こたつとみかんは最早イコールで繋げるぐらいの、輔車相依る関係なのだよ」 「へえ、ふうん、あ、そう」 「お前ほんとむかつくな」 さらさらと風に優雅に靡いてみせるロイの黒髪と広い背中の後ろで、オレはぶぅ、と納得のいかない表情をした。オレが腰をおろす荷台の椅子のようなものも、秋の空気に撫でられて、ひどく冷たい。寒くて、背中からロイのお腹へ回した腕に力を込めた。 (やっぱり、夢なのかもなー)茫々とそんなことを考えて、だったらいい加減、早く目覚めろー、オレー、と思った。寝すぎだ、寝すぎ。 だって、そもそも、考えてみれば、なんでロイがオレのことなんて好きなんだ? オレは、自分で言うのもなんだけれど、自堕落だし、ロイの家に入り浸る居候みたいなものだったし、身の回りの世話もロクにできないし、そのくせ、ロイには嫌味とか罵声とかばっかり浴びせるような奴だし。 何より、男だ。 好かれるような要素が、考究してみればみるほど、見当たらない。それなのに、こんな状況って、なんかおかしいだろう。おかしくないか?あれ、れ。 夢の確率が高まってきた。 え、うっそ。じゃあ、いつから、どこから、夢なんだ?え?頭がこんがらがりそうだ。 「・・・・なー」 虚空のほうをうつろに見つめながら、オレは呟いた。ロイが、「あ?」と答えた。 「ロイってさ、オレのどこがすきなんだろう・・・」決して疑問調子ではなく、まるで独り言のように、うわごとのように、漏らす。うわごと、だってさ、やっぱり、夢か? 「だってさ、ロイ、男には興味ないって、言ってただろ」 少し正気を取り戻して、オレのうわごとなど素知らぬ顔で自転車をせっせと漕ぐ黒い頭に、間抜けた声を押し付けた。 「男には興味ねえよ、今だって」 (あ、ああ)夢、か。ほぼ、確定、か? ほっぺをつねる。それでもやはり、痛い。 もしも夢でないのなら、この期に及んで何を言う、という感じだが、夢の確立が現を凌駕してきたので、その言葉は終ぞ音になることはなかった。 「それに、金髪金目が好きってわけでもねえな。寧ろ黒髪とかのほうが落ち着いてて俺の好み」 すいすいと秋の趣深い景色の中を進んでいく。立ち並ぶ木立が、ほんのり色づき始めている。それは年頃になって懐春する娘のようで、どこか初々しい。 そんなどうでもよいことに目がいくほど、オレはロイの言葉が信じがたかった。 「俺より勉強ができるやつっていうのが好きなわけでもないし、とんだ異様なほどのカレー好きなんて、いっそちょっと嫌だし」 ああ、くらくらしてきた。そろそろ、お目覚めかな、オレ? 「自堕落のやつも俺は嫌いだな。身の回りのことがきちんとできる、淑やかな女の子にはやっぱり惹かれるし」 な、なんなんだ、もう、意味がわからない。なになに、要は、オレのことがどうしようもなく嫌いなんだっていうことが、言いたいわけ?なんだ、この夢。全てが矛盾している── 「背が小さいやつがタイプなわけでもない」 プチン。 夢だろうがなんだろうが、その台詞には、堪忍の緒が一気に切れますよ。 「なんだと貴様ぁああぁ!!誰のことを言ってやがる──!」 ここで、ぐい、と鼻の頂を、自転車をとめて振り返ったロイの人差し指に押されて、言葉が詰まった。オレ様の美しい鼻を見事に豚にしてくれたその指から、ばっと逃れる。 「怒りっぽい奴も、嫌いだしな」 (な、なんなんだよ、もう──・・・!) 夢ならはやく覚めてくれ。全然、楽しくないよ、コレ。だけど、頬に当たる寒気が、無意味にこの状況にリアリティを注ぎ込む。 「それで、」ロイの睫毛がちょっと伏せられた。それは、頭の中を整理しているかのような仕草で、これから発されるだろう言葉に、オレはなんとはなしに身構えた。今度は、どんな罵声がくるのか。 「エドは、自堕落だし怒りっぽいし、言動は粗野だし味覚はおかしいし背は小さいし、身の回りのこともなにひとつできないし、何より、男だし。はっきり言って、ぜんっぜん俺のタイプじゃない。これは、事実」 もういいよ、わかったから、何も言わなくていい── 「けど、」 「ぅ、えっ?」きちんとロイに結んでもらった形の良いネクタイが、崩れた。それは、ロイが上側の紐だけを引っ張ってしまったからで、どうして上だけを引っ張ったかって、 (オレに、)キスをするためだ。 耳も、両の頬も、オレの座る安っぽい鉄製の椅子も、ロイのワイシャツを掴んでいる手も、どうしようもなく寒気に冷えきって、つめたかったけれど、自分の唇にあたっているロイのそれだけは、異様に温かい、というか、熱かった。 それは何物よりも確実な、リアリティだった。 オレはずっと目を見開いたままだったので、ロイの睫毛が風に揺れる様子まで見ていた筈、なのだが、よく覚えていない。(しかし、アップに耐える顔だな)なんてぼんやり考えたような気もする。 すぐに唇は離れて、オレは無意識にそこの部分を手で覆い隠した。「・・・な、な、なになに何やってんのまじでまじでまじで・・・っ!」 「けど、」もう一度同じ台詞をロイは繰り返して、オレの耳元へ顔を近づけて、囁くように言葉を継いだ。「俺は、エドが死にそうなぐらい、好き。これも、事実」 いよいよ、本当に、目眩がしてきた。ぐらり、と頭が支柱を失って、自転車から転げ落ちそうだ。 (こ、こ、こここんな至近距離で囁く、な・・・・!) 右手で口を、左手で囁かれたほうの耳を押さえた。そのどちらもが焼けそうなぐらい熱いので、冷たくなっている手でそれらを冷やしているかのようだった。 そうしてロイはまた平然と正面に向き直って、ペダルを漕ぎ始め、続けた。 「だからつまりだな、理屈じゃねーんだよ」 自転車が動きだしたので、耳と口とを冷やしていた両手を離して、またロイにつかまらざるを得なかった。十分に冷えてくれなかったから、熱い、熱い、熱いったら、ない。 「こうだから好きとかああだから嫌いとか、そういう次元じゃない。恋とか愛っていうのはだな、もっと大いなるものだ、その感覚を信じるしかない。自分の好みとかタイプを一切無視しながらも、自分をどうしようもなく魅了する人間に、一か八かで掛けてみるしかねーんだよ」 ロイが立ち漕ぎで、帰路のラストスパートに入った。顔に当たる風の勢いが一層増して、それなのに、顔の熱は一向に下がらないから、困ったものだ。 夢では、ないらしかった。 (ああ、) オレは、この人に恋をされている。 オレはただ黙って、うつむいてしまった。 2−4便です えーと、なんだこれ!とりあえず学園祭ネタ入れよう〜と意気込みまして・・ 無駄にいいこというロイさんが好きなんですが なかなか書けな ・・ ・!orzガクリ えどたまがチューぐらいですごく翻弄される男子高生だといい 白いサイダーって私がほんとに見かけまして・・!あれ、なんで白いんだろう、ほんとに |