「恋をした後のもっとも大きな幸福は、自分の愛を告白することである」 という、有名な格言を残したフランスの作家がいた。名前はよく覚えていないが、ジッド・なんとか、否、なんとか・ジッド、だったか。まあどちらでもいい、ジッドが姓であろうが名であろうが、この話に関係はない。 ノーベル文学賞受賞という輝かしい功績をあげたようなその作家が言うことに間違いなんて無さそうに思えるけれど、オレの眼前に、まるで地面から生えているかのように立っている男の顔には、「幸福」の文字など欠片も見当たらなかった。「傲岸」ならありありと見て取れたが。 オーディンのグングニールよりももっと鋭い槍のようにオレを串刺しにする男の視線は、幸福よりもむしろ敵愾心をオレに示しているようにしか見えなかった。 そういえば、オーディンのグングニールは、その槍を投じると何者もかわす事ができないといわれている。 眼前の男の、紺青を纏った双眸から放出される、強く、揺るぎない視線。 オレはこの視線から、逃げられるのだろうか? 自信はない。全く以て。 --第三便-- どうしてオレが出し抜けにフランスの作家などの話を引き合いに出しているかと言うと、その理由は、時間を巻き戻してみるとわかる。 「俺もまた、お前の背中を見ていた」 ハボックの呼気から嗅ぎ取れるニコチンのほのかな香り。その香りのせいなのかどうかはわからないが、ハボックの喋り方は確かに、煙草の煙をふっと吹き掛けるような、人類全てを小馬鹿にしているような、そういう決して耳に心地良いものではなかった。 「はア?」オレの背中を見ていた、だと。オレはハボックの言葉の真意を汲み取れずにいる。「オレの背中に糸くずでも付いてたのか?」 「お前、たしか馬鹿じゃないはずだよな」一応ゴールデンクラス在籍だろ、とハボックはまたもや、煙草の煙のように不愉快な言葉を吹き掛けてくる。 「なんでお前が、オレの背中なんか見てるんだよ」 「文脈で察しろよ、話の流れで」ハボックの声を寿司に例えると、呆れと溜息が大部分を占めるシャリ、その上にちんまりと載るネタが意志を孕んだ言葉、そんな感じだった。 「うるせえな、オレの得意科目は数学なんだよ」国語には滅法弱いのだ。 「お前が好きだからに決まってんだろ」 直後、オレは思わず自分の右耳に人差し指を突っ込んだ。そして、近ごろ耳掃除を怠っていたかもしれない、と懸念する。構ってもらえずに不貞腐れた耳や鼓膜がストライキを決め込んで、うまく音声を拾ってくれていないのだ。そう確信した。 「……いや、」漏れ出したその声は、オレの意識という操舵の外にいた。「したな、昨日」耳掃除。 「もう一回言ってやるか?」ハボックの苛立った声音が、正常に機能していたらしいオレの耳に届く。 「好きだから」おそらく相対性理論の説明よりも難解な言葉の一部を切り取り、オレは復唱する。「オレのことが? 何故?」 オレは今の瞬間以上に、「何故」という言葉をうまく活用できたと感じたことはなかった。「何故」という言葉に今オレが与えた無比の正当性は、驚嘆に値する。 「何故、という言葉はいつ聞いても鬱陶しいな」 ハボックはオレの発した完璧な「何故」に、そんな痛烈な非難を浴びせてから、「もう一度言っておくが、俺は二年一組のジャン・ハボック。忘れんなよ」 「お前、先輩だったのかよ」 「様付けで呼んでもいいぞ」 呼ぶか! と吼えたオレを尻目に、ハボックは早々と土足に履き替え、あっという間に昇降口を後にした。取り残されたオレの舌には、混乱という苦い後味だけがある。 オレはどうやら愛の告白をされたらしいが、ハボックの顔には嬉々とした風情など微塵もなかった。「恋をした後のもっとも大きな幸福は、自分の愛を告白することである」と語った著名なフランスの作家に、そういうわけでもないらしいぞと、懇々と説いてやりたかった。 そもそも、その作家ジッドも、正妻と性交渉を二十年以上も行わずにいたり、愛人がいたり、別の男性との同性愛関係によって結婚生活に破綻をきたしたりした人物だったから、まともな恋愛観念を持っていなかった可能性はある。それでも、そんな人物でも、愛の告白という行為の偉大さは知っていた。 つまりジャン・ハボックという男は、ジッド氏以上に滅茶苦茶な恋愛観念を備えているのだろう。空恐ろしい。 逃げ出したいけれど、鋭利なグングニールは、オレ目掛けて飛んでくる。 何人にもかわせないらしい、オーディンの槍。オレは、どうすればいい? *** 両手をズボンのポケットに差し込み、だいぶん冷え込んできた空気の中を歩く。向かう方角は陸上部の部室だ。ポケットに粗野な仕草で差し込んだ指先に、こつんとセブンスターの箱が当たる。本日二箱目。いくらなんでも吸いすぎだと、自分でも思う。 ふんだんに秋気をまとった空気は、銀杏の匂いを運んできた。言いようのないこの匂いが昔から嫌いだった。なんなのだ、異臭を振りまくイチョウや、花粉を飛ばすマツといった傍迷惑な樹木ばかりを植えるこの国の政策方針は。戦後、灰燼に帰した森林に、安価で手に入った松の木を政府が植えまくったらしいことぐらいは俺でも知っているが、あまりに安直が過ぎたチョイスであったことは明白だろう。お陰で、「花粉症」というご立派な名物がこの国にもたらされたわけなのだから。 この異臭の中では、精神一到、倦まずたゆまず、奮励努力、そんな感じで部活に勤しむ気力など、到底湧いてはこない。足が向かう方角を、校舎裏へ変更する。 「何故、ねえ……」 肺にニコチンを送り込みながら、校舎の煤けた壁に背中を凭れた。数日前に衣替えしたばかりの冬服は、既にタバコ臭くなっている。俺の喫煙に関しては、部の先輩や後輩に爪弾きを再三受けているが、この優秀な精神安定剤、しばらくはやめられそうにない。 いやしかし、本当に優秀だ。一息煙を吸えば、心中に燻るわだかまりが、すっと昇華するのがわかる。気分が落ち着く。あっぱれ、ジャン・ニコ大使。俺は「ニコチン」の由来になっているフランスの駐ポルトガル大使に無音の喝采を浴びせる。 『オレのことが? 何故?』 先刻の、ブロッシュの野郎の物怪顔を思い返す。煙草の火を押し付けてやりたくなるほど、腹立たしい台詞だった。 そもそも、と思う。 そもそも、この煙草だって、本を正せばあいつが原因なのだ。 二ヶ月ほど前になるだろうか。夏休み突入直前、まだ日差しの強い、蒸し暑い夏の日の夕暮れ時だった。 俺は陸上部の日課である、入念なストレッチとトラック十周を終え、一旦休憩を取るべくフェンスに背中を預け、スポーツドリンクを咽喉から体内に流しいれていた。そうして肩にかけたタオルに右頬を押し付けていると、視界の隅に「神々」の姿がちらついたのだった。 厳密に言えば神ではなく、神のように崇められるこの学園の双璧、二人の生徒。この学園に、その二人を知らない者はいないだろう、きっと校舎に棲みつくネズミだって知っている。後輩などには爪の先ほども興味がない俺でさえ、仰々しい党派たちの献身的な活動によって、やつらの名前が脳にインプットされていた。 金と黒の髪、まるで光と影を模しているかのような印象的なそのコントラストは、どこにいたってよく目立つ──その「神々」の後方に四六時中蝟集している女子の群れのせいでもあろうが。 その双璧の後ろに、金魚のフンみたいにくっついている、もう一つの金。その金魚のフンの名前までは知らなかったが、顔くらいは見覚えがあった。以前俺のクラスの女子が、あの「金魚のフン」を利用して、ロイ様エド様のお近づきになろうという実に合理的で馬鹿げた動きを見せていたのだ。聞くところによれば、徒労に終わったらしいが。 学園中が虜になっている「エド様」にも「ロイ様」にも、俺は然したる関心はなかった。男なのだから当然といえば当然なのだろうが、男でも夢中になっているやつはいる。確かに二人とも珍しいほどの美形だし、「才色兼備で文武両道」という話も聞いているが、俺にとっては四百メートル走のタイムが0.01秒縮まる方法のほうがよっぽど興味深かった。 とは言っても、疎ましいと感じていたわけでもない。人気者というものは押しなべて天狗になって浮かれている奴が多いが、あの二人はそういうふうでもなさそうだったからだ。恐らく、周囲から浴びせられる好奇の視線に対する耐性などは、とうの昔に彼らの体内に完成しているのだろう。彼らにとって、自分達を羨望の眼差しで見つめる数多の女子などは、電線に群れ成す雀のごとき日常的風景なのだ。 その「神々」と金魚のフンは、こちらの方へ近付いてきた。現在は放課後、帰宅するために正門へ向っているのだろうが、正門へ行くには位置的にこの陸上用のトラックのそばを通らなくてはならない。 偶然ではあろうが、その三人は、フェンスを隔て俺の真後ろで足を止めた。俺の背中と彼らの立ち位置は、直線距離で一メートルもない。その為、三人の間で交わされる会話は、空気や他の喧騒に濁らされることなく、そのままクリアな状態で俺の鼓膜を突ついた。これは盗聴ではないよな、と俺はTシャツの前面をパタパタとさせながらぼんやり考える。 「じゃあ、オレはここで」そう口火を切ったのは、「金魚のフン」だった。どうやら率先して歩みを止めたのは、こいつらしい。 え? とただでさえ大きい両目を更に広げて、「神々」の片割れ、金髪チビのほうが素っ頓狂な声をあげる。「エド様」といったか、あいつの目玉のでかさはテニスボールくらいありそうだな、と俺は思う。 「なんだよブロッシュ、まだ帰らないのか?」皮膚と色濃い睫に包まれたテニスボールをリスのようにぱちくりさせながら、「エド様」は小首を傾げる。 「ちょっと、ブレダに用があってさ」 言って、「金魚のフン」──もう面倒だから、以下「金魚」とする──は陸上部のトラックを指差した。ブレダ? と俺は、少し離れたところでアキレス腱を念入りに伸ばしているブレダを見遣る。過去に一度アキレス腱を切ったことがあるとかで、常日頃からブレダは準備運動に余念がない。あいつに金魚との交流があるとは初耳だった。 「ブレダ?」今度は「神々」の黒のほうが疑問符を投げかける。そして金魚が指差した方向を認め、「ああ、陸上部の」と合点がいったように頷いた。 「誰?」口をぽかんと開けたアホ面で「ロイ様」を見上げる「エド様」。 「黙ってろ」お前の人名に対する記憶力には期待してない、と「ロイ様」はシニカルに言う。 なる程確かに、この二人が並ぶとかなりの壮観だ。並んで立った二人をそのまま蝋で固めれば、ルーヴル美術館に贈呈できるくらいの仕上がりにはなるだろう。少なくとも、どちらも洗礼者ヨハネよりはイケメンだ。 じゃあまた明日な、という軽快な「エド様」の声をそこへ置き去りにし、二人は正門へ向かう足を再び駆動させて去っていった。金魚はと言えば、それこそ右手を金魚の尾のようにひらひらと振りながら、後姿まで美々しい二人を遠い目で見送っている。ブレダに用があるということは、金魚はフェンスのこちら側に入ってくるのだろう、と俺はなんの捻りもない予測を立てた。 が、あっさりその予測は裏切られることになる。 「神々」が正門を出て、彼らの姿が見えなくなると、金魚は小さく溜息をつき、それから暫し、ぼうっと「神々」が消えていった方向を見つめていた。そして、フェンスのこちら側へやってくることはなく、金魚は黙然と校舎のほうへ踵を返す。 その瞬間、彼がついた「無罪の嘘」の存在を知った。無罪どころか、それは称賛すべき嘘。 俺は基本的に色恋沙汰には無頓着なタイプだが、金魚の直向きな眼差しに込められた熱っぽさの意味合いくらいはわかった。憧憬や羨望を超越した感情──否、そもそもその二つとは、まったく別物なのかもしれない。まったく別のルートを辿って到達する感情。直線的で衝動的、そして本能的な感情。憧れや羨みなどという生温いものではない、もっと壮烈で、もっと野生的、獰猛な感情。 金魚の瞳の奥に垣間見た、隠微な熱の色は、やはり金魚のような真紅に近い。 ほう、なるほど、「神」にほの字とは。俺は今どき流行らない言い回しと共に薄く笑んだ。大それたことをしでかす奴もいるものだ、と。 金魚が熱視線を向けていたのは「金の神」のほうだ、と俺が断定したのは、また少し後の話になる。しかしながら、ロイエド党とやらが席巻するこの学園内で、ロイ様の配偶者であるエド様に横恋慕するなど、大統領の妻を寝取るようなものだ。射殺されてもおかしくない。南無阿弥陀仏、と神妙に唱えたくもなる。 だからきっと、誰にも悟られないように、ひっそりと恋い慕っているのだろう。静かに、一途に、それでいて、強く、想っている。 金魚の赤い赤い眼差しからは、そんなことが読み取れた。 見返りを求めない、謙虚で、時代錯誤な瞳。功利主義が羽振りを利かせて横行する現代のシーラカンス。平安時代なら純朴な心だと詠われ、評価もされようが、利益が最優先するこのご時勢には、あまりに似つかわしくない。不毛すぎる。 だが、不毛だからこそ、まっすぐだ。 それからだった。デニー・ブロッシュという人物に俺が興味を持ち始めたのは。 物珍しさと興味は紙一重だ。「見返りを求めぬ無償の愛」なんていうアナクロな心境を持ったブロッシュという奥ゆかしい男を、知りたいと感じた。古語で表現すれば、まさしく「ゆかし」だ。「奥ゆかしい」などという単語は、ふつう、操を立てているような麗しい淑女に用いられるべきに思われるが。 例えば現代で流行している言葉や、頻繁に会話に盛り込まれる言葉だけを取り揃えたコンビニがあるとすれば、その棚に「奥ゆかしい」という単語は絶対に並んでいないだろう。たぶん、倉庫にもない。 そんな二十一世紀のシーラカンスを、いつの間にか、目で追うようになっていた。不毛だな、不毛なやつめ、と胸中でせせら笑いながら、だ。 ほんの二ヶ月弱、目で追っていただけだったが、その間にも幾度となく、あの「赤い眼差し」を目の当たりにした。そのまっすぐな瞳は、いつだって悲しげだった。見つめることしかできない自分を嘆くように、伏せられる瞳。 「神々」やその他の友人たちの前では、彼はその悲哀に満ちた瞳を決して見せたりはしない。自分の悲痛さをおくびにも出さず、天真爛漫と笑っている。 俺だけが知っている、あの眼差しの、悲しい赤。 ──俺なら、絶対にあんな目はさせないのにな。 そう一度でも考えた俺の負けだった。 不毛すぎる。と、今度は自分を嗤う。 黴臭い校舎裏へ、話を戻そう。 いつ来ても、日の当たらない、陰気な場所だ。ここに光が当たらないのは聳然と建つ校舎のせいではなく、太陽がこの湿っぽい場所を厭っているからなのではないかと思う。 ブロッシュの、あの「赤い眼差し」を思い出す度、ズシリと胃が重くなる。当たり前といえばそれまでだが、あんな目はさせない、と俺が一人で決意したところで、あのブロッシュの野郎にその意志が伝わるはずはなく、奴は相も変わらずあの赤い眼差しで「エド様」を見つめ続けていた。 その度に、イラつき、もたつく自分に歯噛みして、ついジャン・ニコ大使に救いを求めてしまった。ニコチンの名前の由来になっている彼に、「同じ名前のよしみでさ」と、未成年であることも大目に見てもらったつもりでいる。 気に喰わない、あの「赤い眼差し」。だが、それも今日までだ。 くっく、と自分のダサさに一人で肩を揺らす。恋愛ごっこも、たまにはいい。 しかしながら、「ジャン」繋がりとは、なんとも運命的だ。 そう思うだろ? ニコ大使さんよ。 ふう、と息を吐き出し、頭上を覆う鰯雲へ紫煙を混ぜる。 *** 「今日もたくさん群がってますねえ」 一年十組の教室の扉を見遣りながら、エドが間延びした声を出す。彼の言葉通り、本日も一年十組は門前市をなすといった様子で、ロイ様党エド様党その他諸々の見物客によって、たいへん繁盛していた。入学式から一日も絶えることなく、連日黒山を成してエドたちを見物に来る生徒たちには、呆れを通り越していっそ感心してしまう。 確かに二人とも超絶イケメンだけど、流石に飽きがきたりしないの、と以前熱心なエド様党員に尋ねたら、「ゴッホは、レンブラントの『ユダヤの花嫁』を見て、『この絵の前にあと二週間座っていられるなら、十年寿命が縮んでもいい』と言ったそうです」と返された。確かに聞いたことのある逸話だが、果たしてその言葉がオレの問いの返答として成立しているのかどうかは判然としなかった。それでも、金魚のフンであるオレの口を噤ませるには十分だったし、ひとつ分かったのは、エドやロイは「イケメン」のカテゴリーではなく、「芸術」にカテゴライズされているということだ。なんというか、もう、素晴らしい。 とにかく、今日も一年十組の出入り口には多数の生徒が鈴生りになっている。しかしこんな光景はとっくに見慣れたものであり、エドがいちいちその光景に対してコメントをするなんて不自然だった。ということは要するに、先ほどのエドのコメントには、大いなる他意が内在されているわけなのである。 「毎日毎日、よく飽きないもんだ」 そう相槌を打ったロイも声も、先刻のエドの声も、明らかにニヤついている。 「おや、」白々しいエドの声色。「群れの中に、ちょっと毛色の違う人がいますねえ」 「本当だな」ロイもついていた頬杖から顔を上げる。「誰かを探しているようだ」 細いアーチを描いている二人の卑しい目つきが腹立たしい。その並んだ四つのアーチは、オレと、そして十組の出入り口にいる男とを、値踏みするように交互に見比べている。 「誰を探しているんでしょう」と、エド。 「誰だろうなあ」と、ロイ。 「なあ、ブロッシュ?」と、にやつくロイとエド。 重なった二人の声は、異様に大きかった。出入り口に立っている<毛色の違う人>に聞こえるように放っているとしか思えない。憤懣やる方ないという雰囲気で拳を握り締めるオレはといえば、エドの机の横に屈みながら、出入り口の方向から見えないように身を隠していた。 「……なんで隠れてんの?」 エドが頬のにやつきを消し、机の上から投げてきた質朴なトーンの声は、「知らん」という言葉で一蹴した。実際、自分でもわからない。ただ、隠れたい。論理的な理由など無い、これは本能的な衝動だ。ライオンに見付かったシマウマが逃げ出すように、至極当然の連鎖反応のようにも思う。 <毛色の違う人>とは、言わずもがな、あのニコチン野郎だ。そういえばニコチン野郎は、どことなくライオンに似ているな、と奴の特徴的な髪型を思い出し、げんなりする。 地蔵のようにその場にじっと固まりながら、災いが過ぎるのを待っていると、 「おい、何隠れてやがる」 という、辛辣な語気が降ってきた。オレは双肩を聳やかし、襲来したその人災を恨むより先に、そいつを呼び寄せたロイとエドを睨みつけた。 「……なんか用?」オレは自分なりの「極限渋面」を作りながら、ハボックを見上げた。昨日抱いた第一印象と何ら変わりなく、ハボックの表情はオレに苦手意識ばかりを喚起した。「ていうか、勝手に入ってくんな」 「どちら様?」人名に対する記憶力をロイに期待されていないエドは、当然のように目を丸くする。 二年のジャン・ハボックだ、とニコチン野郎は得々と自己紹介した。「以後、お前らともツルむ可能性があるから、覚えておくように」 はあ? とオレは思わず立ち上がって吼えた。「認めるかよ、お前なんて!」な、とエドとロイ二人に同意を求める。 エドはやや考え込むようにしてから、「……オレをハイセンスなニックネームで呼べ」 ハボックは腕を組みながら二拍置き、「……大将」 「歓迎しよう」と右手を差し出すエドに、「おい!」とオレは突っ込みを入れる。 続けてロイも質問をぶつける。口頭試問のようなこの状況は何なのだ。 「好きな映画監督は?」 「……セガール」 「歓迎しよう」 ロイの口調はエドのそれよりも嬉々としていた。ロイがセガールという映画監督を私淑していることは、内輪では有名な話だ。オレはセガール嫌ーい、とエドはロイの隣で唇を尖らせている。たぶん、ロイの趣味を理解する奴が現れて、ちょっと嫉妬しているのだろう(可愛いやつめ、ですって? 大丈夫、知ってます)。 「オレは認めない」大団円を迎えてしまいそうなその場の雰囲気に容喙する。 フーッ! と低音で呻く猫みたいな、オレのあからさまな威嚇など歯牙にもかけず、ハボックは権高な物言いで告げる。 「今日、部活が六時に終わるから、それまで待ってろよ」 「は?」と眉間に皺を寄せる以外に、自分の起こすべきアクションが見当たらない。「何が悲しくて、一時間以上もお前を待っていなくちゃならないんだよ」 「図書室で勉強でもしてろよ」オレの言葉など全てスルーされる。「部活終わったら、図書室に行くから」 もはや、こいつを面罵する台詞さえ思いつかない。唖然とするしかなかった。 「絶対帰るなよ」 厳然と言い切り、ハボックはエドとロイに軽い挨拶をした後、教室から出て行った。オレの視界の明度がみるみる落ちる。 「仲良いんだなあ」長閑な声を投げてくるエドに、 「どこをどう曲解すればそうなる?」オレは哀切な叫びを返す。 変な誤解を産んでも嫌だったので、オレは渋々、昨日あった出来事の一部始終を話した。エドは「へえ!」と愉快そうに眉の位置を高め、ロイは「なるほど」と下卑た微笑を口元に編みこんだ。 「満更でもない?」エドは机から身を乗り出す。 「満更、超満更!」満更、を完全に誤用しながらも、オレは必死で否定する。「オレは! 女の子が! 好き!」お前らと違って! とあわや言いそうになったのを堪える。そんなことを言おうものなら、ロイはともかく、エドが三日は口を利いてくれなくなる。オレだって女の子が好きなんだよ、とキレるエドが目に浮かんだ。 一人冷静に分析していたロイが口を開く。「二年一組……一組ってことは、スポーツ推薦組だな」 パチン! とオレは指をはじきそうになる。「そうなんだよ、そうなんだ! なのにあいつ、煙草吸うんだよ、クソ野郎だな、どう考えてもクソ野郎だ」 「『恋をした後のもっとも大きな幸福は、自分の愛を告白することである』」と、例の名句を唐突に引用したのはエドだった。 「良い言葉だよな」しみじみと頷くのは、ロイ。 つまり、オレの決死の叫喚は無視されたということになる。がく、と肩を落としながら、オレは呟く。「誰だっけ……それ言ったの」 「「アンドレ・ジッドだろ?」」二人の声が綺麗に重なる。 オレが昨日丸一日かけても思い出せなかった名前を、こうもさらりと言い当てられる。 わかってはいたが、やはりこいつらには、さっぱり敵う気がしない。 あれ…全然進んでない^^にこ! ふおおお亀の進みですみません…!!どうしてなの… とりあえずやるだけやってみます…ほんとすみません…ロイエドサイトなのに…涙! |