朝七時、電話が鳴る。ルルルルル。
こんな朝っぱらから臆面もなく電話なんて掛けてくる不躾な野郎には、普通舌打ちをしてしまうものだ。とりわけ、その家の主がまだ夢の中を幸せに浮遊しているなら尚更。
しかし、その舌打ちして然るべき家(正しくは、アパートメントの一室)の主であるオレは、その電話に深謝した。
だって、『エリーゼのために』のその益体のなさといったら!
もぞもぞ布団の中から片腕を出して、手探りで受話器を取り、眠気眼で右耳に押し当てた。ピアスをあけたほうには、なんとなく受話器を当てたくない。
「はろーおめざめかいはにー」こいつはどんな洒落も単調に言う。見方を変えれば、自分のネタに笑ってはいけないという芸人の資質を兼ね備えているともいえる。
「おめざめよだーりん・・・」ここでオレは、くあ、とひとつ欠伸をした。そしてたった今言われた侮辱にはっと気がつく。
「・・・って、なんでオレが自動的にハニーなんだよっ!」
「じゃあ明日はダーリンになればいいんじゃねえの。それより早く支度しやがれ、まったく、ヤローなんかにモーニングコールさせられる俺の身にもなってみろってもんだ」余韻の“よ”の字も無く、がちゃんと乱暴に受話器が下ろされた。ロイも相当慌てているらしい。
ツー、ツー、と義務的な音を発する受話器を恨めしげに睨んで、
「・・・ダーリンのいけずッ!」
“ハニー”の口調で一人呟き、はは、きも、と自分自身に毒づきながら上半身を大儀そうに起こした。


そして今日も鮨詰めの電車に揺られて、学校から最寄の駅までの二十分間に及ぶ我慢大会が始まる。
ロイと共に登校するときはあまりに情けないので、女性専用車両は使用しないことにしている。だってあいつ笑うんだ!
鼠一匹も潜り込む余地のなさそうな人ごみの中に、この種の変態は一体一両に何人ぐらいいるんだろうか。
この種の──つまり、だ。散々説明したけれども、今オレという歴とした男児のケツを撫で回している貴様だ!貴様!このギリギリ哺乳類の変態科め!(奴らを『人間』としてオレは見ない。あれらはただの哺乳類の染色体XYだ)
くわえて背筋がぞぞりとくるのはこれだ、この、オレの尾骨あたりにあたる・・・!
(あ、あた、あたってんだよこの超下等変態生物っ!!)超下等変態生物の、まあ言わば、股間にある、その、えーと、あ、あたるもの、だ!あんまり直截的な言い方だと、オレが猥褻物陳列罪で捕まりかねないからね・・・!
無意識的にオレはかなり引き攣った表情を浮かべたのだろう、向かい合って立っていたロイがオレの今被っている被害に気付いたみたいだ。
くそう、どうせまた馬鹿にするんだこいつは・・・!
と、腹を括った矢先、ロイが身を翻してこの雑踏の中で華麗にオレと立ち位置を交換した。鼠一匹も潜り込めないようなこの鮨詰めの中で、どんな身のこなしをすればそんな芸当が可能なのか、オレには終ぞわからなかった。
「こ、好感度アップだよ、おまえ・・・びっくりだよ・・・」オレがしどろもどろお礼代わりにそう言うと、「そりゃどうも、ダーリンだから」やっぱり淡白な口調で。
「何、オレに、サンキューダーリン!とか、言えと、ここで」
「別にそんなこと頼んでないだろ」
「さ、サンキューダーリン」
「なのになんで言うんだよ」ロイが笑った。その笑い顔がおさまり、それととって変わってロイの表情が露骨に引き攣った。『げ』というひらがなが、こんなに相応な表情はなかなかお目にかかれない。
あ。
「・・・背後の変態はなりふり構わず男なら誰でも良いそうです」
そのロイの言葉にカカカとオレが笑う。
「たすけて、ダーリン」わりと切に願ってくるので、オレはまた笑った。
「やだよ!」
「あ、もうお前明日からハニーで固定な、不動のハニーだ」
「なにーィ!」
と、ここでいつも通り降車客がたくさんいる駅へと滑り込んだので、電車内は自由に身動きが取れるようになった。オレたちはこの次の駅まで電車に揺られる。
そそくさと群に混じって降りていこうとした、超下等変態生物のネクタイを逃さずロイががしりと掴み、オレもそれとほぼ同時に変態のヘンタイネクタイを固く握った。
「おい待て」「逃がすかてめえ!」

ダブるオレたちの声。
「「次の駅まで付き合ってもらおうか」」


★三毛猫ヤマト★
--第五便--



「──今日は新入生オリエンテーション。エドワードとロイは同室になり、二人の心はうきうき浮いていた。だって、二人にとっては初めて夜を共にすごすことになるのだから。
時計が刻一刻と時を刻み、消灯時間か近づくたび、エドワードの胸は高鳴った。ロイなんかにどきどきしてしまう自分が変で、おかしい。
(なに、このきもち・・・変なの)エドワードは徐々に小刻みに鼓動を打ち始める心臓をなだめながら、ぽつりと思った。となりを歩くロイを、気付かれないように横目で見る。そうすると、一度大きく胸が高鳴る。
ドキン。
じきに、夜がくる。夜がきてしまう。
エドワードはそわそわして、落ち着かなかった。

消灯時間を過ぎて、ロイが借りてきたDVDを二人で見る。
なんとロイが借りてきたのはホラーだった。
このテの映画が不得手なエドワードは、わーわー喚きながら、思わずロイの身体に抱きついてしまう。そうしてしまった後に、自分でしでかしたことに気がついて、すぐにばっと身体を離した。
「ご、ごめん!お、おれ・・・!」
顔を真っ赤にして、エドワードはうつむいた。どきどきする。胸がしめつけられてしまう。
(・・・どうして・・・?)
どうして、こんな気持ちになるんだろう?
「こわい?」ロイが言った。
「え、うん・・・ちょっと・・・だけ・・・」エドワードがもごもごくぐもった声で呟くと、頭をふわりと抱きすくめられた。
どきっと心臓が、ひときわ大きく跳ねた。
「あ・・・ロイ・・・!」
「いいよ、抱きついてて」
やさしく降ってきたロイの声に、体が熱くなったのを感じる。
(やだ・・・どうしよう)
「エド」
自分を呼ぶ穏やかな声に頭をあげると、唇を塞がれた。
「んっ・・・!」
かっと体が発熱した。心臓は相も変わらずバクバク言っている。
「ろ、ロイ・・・っ?」
目の前の現実をすぐには受け入れられず、狼狽したエドワードは思わず相手の名前を疑問調子で言ってしまった。
「エド・・・かわいい」
そう言うなり、ロイは畳にエドワードを組み敷いた。
「や・・・、なに・・・!」
する、と浴衣の袖から進入してきた、ひんやりとしたロイの手にエドワードは息苦しいほどに鼓動が早くなるのを感じる。
「あっ・・・!やだっ・・・ロイ・・・!あ、んっ・・・」
ロイの手が弄ぶように、エドワードの胸の飾りに触れた。
その器用な指が、その小さな膨らみを摘んだり、爪をたてたりするたびに、エドワードは声を漏らした。
「あ、ぁんっ・・・!や、やだ・・・ろいっ!や・・・」
「本当?」ロイがからかうような声音で、そう言って、エドワードの熱くなった自身へ布越しに触れた。「ここは嫌そうじゃないのに?」
その言葉に、エドワードは確かな羞恥を覚える。
「あっ、あ、や・・・ばかろいっ・・・!」
布越しに、エドワードのソレを擦るロイ。
けれど、そんな半端な触り方で、逆にエドワードは焦れてしまった。
「や、もう・・・っ!ろ、い・・・さわって・・・っ!」
その言葉を聞いて、ロイはいよいよ直接にエドワードの熱に触れた。
「は、ぁんっ・・・!あ、ろいっ・・・だ、め・・・かんじちゃう・・・!」
悶えるエドワードはロイの浴衣を握り締めながらそう喘」

「何、ブロッシュ、お前、殺されてーの?」
現実のオレは、こっちだ。
上記の意味不明な文章は、ブロッシュが何かのルーズリーフを読み上げていたのだ。
「それならお望みどおり、一番苦痛を伴う死に方で殺してやるよ」
焼死がいいかな?水死がいいかな?はたまた縊死かな?と、オレが脅迫めいたセリフを吐き出しながら両手をポキポキと鳴らすと、「ま、待て!落ち着けエドちゃん!」と命乞いをするかのようにブロッシュは必死にオレを牽制した。
「落ちてたんだって、これが、廊下に!」卑猥なフィクション小説が記してあるルーズリーフをぱたぱた顔の横で振りながら、彼は弁解した。
「そしてお前は笑いすぎなんだよ!!」
主要登場人物のもう片割れであった張本人のロイは、オレの後ろの席で、机に乗せた腕に頭を埋めて、肩を震わせ息を殺し、かれこれブロッシュが文章を読み上げ始めてからずっと抱腹絶倒している。
「お前も被害者だろーがー!」
「え、エド・・・ば、ばかろいって言って・・・!」笑い疲れて、ひひひ、という類の、最早引き攣った声を漏らすロイの目には涙すら浮かんでいる。
「ぬぁにがだー!!どいつもこいつも!こんなものォー!」
オレが喚き散らしながらブロッシュが朗読した(その迫真の演技力と言ったら、素晴らしい臨場感を醸し出していた)ルーズリーフを取り上げて、びりりと破った。
「「あ!」」ブロッシュとロイが同時に無念そうな声を張り上げる。彼らにとって最高の遊び道具をオレが壊残してしまったからだ。
「へ!ざまあみやがれ!こんなもの、こうしてこうしてこうしてこうしてやる!」
怒りに任せて細かく紙を千切り始めたオレの行動を見て、ロイはまた腹を抱えた。
「な、なーにが『かんじちゃう・・・!』だ・・・!名誉毀損だーっ!」と一人憤るオレに、「え、エド、ちょ、喋るな・・・!し、しぬ」どうやら死因が“笑いすぎ”になりかねなさそうなロイが乞うた。
「そのまましね!」
どうせクラスの男子がからかって作った文章なのだろうと思い、オレが千切った紙の欠片を拾って見ると、あきらかに綴ってある文字は女子の筆致だった。丸みを帯び、正確なひらがなから離れれば離れるほど良いらしいくねった字が躍るように羅列していた。
「なに、これ、女子が書いたの?」さあ、と血の気が引くのがわかる。「オレ党の女子?ロイ党の女子?」
「いや、これは明らかにロイエド党の仕業でしょう」
ブロッシュが誇らしげに吐き捨てた。
「「ろいえど党?」」
ロイと声がまたダブった。しかしすさまじい確立でハモるのだけど、これは多種多様な災難を共有しているからなのではないか、とオレは考える。
「知らねえの?“ロイとエドをくっつけよう”をモットーにした党派ですよ。否、“ロイとエドはデキていると信じている”かな?ロイ党、エド党より陰湿で、且つ熱狂的らしいですよ、妄信的要素を大いに含有してるからね」
「ソンナノガ、アルノ・・・?」オレは開いた口が塞がらなかった。まさに、この表現ずばりだ。口の中が乾くほど開け放してしまった。女という生き物をこんなに敵視し警戒しなければならない日がこようとは。じゃあ、オリエンテーションのときの、気が滅入るようなハートの写真を持っていた女子は、そのへんてこで怪しげな党派の人間だろうか。
「へえー、物好きだな」ロイは興味なさげに関心する。そろそろこの話題に飽きたのか、ロイはオレの机の上に放置してあるネクタイを取って、オレの首に結び始めた。もう頼まなくても勝手に結んでくれるのだ。
ネクタイを結んだら、今度はオレの手首にはめていたヘアゴムを抜いて髪を手際よく縛ってくれる。こいつは何故だかとても手先が器用なので、髪を束ねるにしても、オレがやるよりずっと綺麗な出来栄えになる。
手先が器用・・・?
オレは手の中の紙の欠片を今一度睨んだ。
「・・・でも、よくオレたちがホラーのDVD見てたとか、ロイの手先が器用だとかわかるよな。すげえ洞察力・・・この才能を他のことに使えば世界は平和だよな」
「だってエドちゃんの悲鳴、二階中に響き渡ってたよ」
「ちゃんって言うなブロッシュ!」「動くな!」ロイが頭の後ろでオレを諌めた。
「はい、できた」ロイがオレの頭をぽんと叩く。
「ありがとっ」オレが礼を言うと、ブロッシュがあきれ返ったような声音でひとりごちた。
「・・・お前らがそういうことを無意識にやるから、女子が喜ぶんだよ」
「「へ?」」
オレ達は揃って間抜けた返事をしてしまった。




「ドアを蹴るな、ノックしろ、手で。ん?その鍋何?」
「カレー!つくったの!オレが!」
オレは臆面もなくずいずいとロイのアパートの部屋へ入っていく。
鍋を両手で抱えていたのでノックができず、ドアを足でドカンと蹴ったのです。
ただいま夕飯時、お腹もちょうど鳴り出す頃だ。オレが早めに帰宅してせっせと作ったカレーを、ロイ宅のコンロの火にかける。
「食べよーぜ!」
と、ここでロイが、オレの右腕に掛っていたパジャマを怪訝な目で見た。「なんでパジャマ?」
「オレ飯食べたらすぐ寝たい人なのです」
「ここで寝んの?」
「うん」
事も無げにオレが答えると、ロイは目を見張って驚愕した。
「お前、何言ってるかわかってる?」
「なにが?わかってるよ?朝はどうせロイに電話で起こしてもらうんだから、一石二鳥じゃん!」
「それじゃ一石一鳥だ、利点がひとつ足りん」
オレはロイの言葉を聞き流しながら、麦茶をふたつ汲んでテーブルに置き、再度カレーの前へと立つ。うーん、トレビアンな香りだ!
オレは人間に生まれて、人間は火を扱える唯一の生き物で、本当に良かったと思う。こんなトレビアンな食べ物を自分の手で作り出せるのだから!神秘だ!オレ感激です!
でも、一番好きな食べ物がカレーって、すごく頭悪そうなイメージありません?そんな偏見、だめよ。
「オレが、ロイと一緒に寝たいの!」
オレが本心を言ったのに、何を勘違いしたのか、ロイは麦茶をぶっと噴出した。
「わ!きたねーな!寝るって、断じてそういう意味じゃないからな!眠るほうだ!ね、む、る!当たり前だろ!」
「・・・今日学校であんなもんを見つけたっていうのに、これだもんな、お前マゾ気あんじゃねえの」
「なんだとー!」
まったく、どいつこいつも。
オレはわりと淋しがり屋なので、高校入学してから二ヶ月間一人で眠っていたわけだけど、第一次ホームシック的病状がオレに表れつつあったのでひとつの手段としてこういう行動に出た。のに、まったく、どいつもこいつも!
「俺に犯されても知らんぞ」
「へ、心にもないことを」
「ないけどさ」
こういうのが、オレは嬉しい。

すっかり温まったカレーを──ロイが変なことを言うので、対応している間に底の方が少し焦げた──皿にふたつ盛った。ライスはロイ宅のものだ。カレーはオレでライスがロイ。
「合作!合作!神秘だ!」オレがきゃーきゃー喜ぶと、
「何言ってんだ?」心底意味が分からない、といった風情でロイが疑問符を浮かべた。
「いただきます!」
恭しく挨拶をして、カレーを口へと運ぶ。鼻孔をくすぐる食指が動くこの香気!
「辛!からっ!なんだこれ!」
ロイは文句を垂れた。
「なんだよ、これぐらいのほうがおいしいだろ。あーおいしい!オレ天才だ!」
「お前絶対舌麻痺してる」
ぶつぶつ文句を言いながらも、結局綺麗に空になった皿がふたつテーブルに並んだ。
オレがふとテレビのほうへ目をやると、再生機の下にDVDがずらり。几帳面に整然と並べてあった。すごい数だ。わー、すげえコレクションだな、とオレが感嘆すると、「全部ホラー」とロイがとんでもないことを言った。
オレはそのDVDの群から3メートルほど離れた。気持ち的には3万マイルぐらい離れた。
「嘘に決まってんだろ、悪趣味すぎだそんなの」
「な、なんだよもう・・・!」
悪態をつきながら、もう一度ずりずりとDVDの群へ近寄る。
「なんか見ようぜ、どれが面白い?」
「そうだな、右から三番目のやつとか、面白い」
「これ?」
オレがそのDVDを群から抜き取って表紙を見ると、蒼い顔をした髪の長い女性が表紙だった。タイトルは、“呪詛”。まさに、って感じだ。
オレはくらりと眩暈を起こした。ロイが後ろで笑った、「それはホラー」。
“呪詛”をロイにばしっと投げつけた。
「あ、壊れるだろ!」
「くそ忌々しい!なんかないのかよ、まともなの!」
「他はまとも、これはほんと」
「ほんとだろうな?」オレはもはや疑心暗鬼だ。あ、なんか“疑心暗鬼”ってホラー映画のタイトルにありそうだな、意味的にはださださだけど。語感で。
「ほんとだって、スパイダーマンとか見る?蜘蛛男」
「おお、見る!オレ見たこと無い!」
スパイダーマンのDVDが抗うことなくするするとプレイヤーに吸い込まれていった。


感想。
うん、なかなかに爽快なお話でした。敵強いな。あと、ちょっとキスシーンが長かったかなっていう気持ちはあります、なんか気まずいんだよね、ああいうシーンのときの場の雰囲気って。楽しんでんのはハリウッドスターだけだっつーの。見てるほうは存外冷や汗もんなんだ。
ロイの家には座椅子というものがないので(洒落たソファーはあるのだけど、物だらけで座れたものではない)、先日のオリエンテーションのくだりのように、ロイの足の間に割り入ってロイ自身を背もたれ代わりにしながら悠々自適(なのはオレだけ)に映画鑑賞をエンジョイした。
スピーディーな展開に身を乗り出したり、見てるこっちが痛くなってしまうような激闘のシーンには顔を歪ませ、例の濃厚なキスシーンにはだんまり押し黙ったりと、オレの映画鑑賞は実に忙しく、息つく暇が無い。
そんなわけで映画を見ると精神的にも肉体的にも疲弊に蝕まれるので、オレは風呂に入って眠ってしまおうと思った。
風呂借りるよー、と一言断って風呂に入り、オレがあがってきたら入れ替わりで風呂へと向かったロイの背中を見送って、早々とベッドに入った。
「ねむねむ・・・」
オレがまどろみかけたところで、ロイが風呂からあがってきた。なんてはやさだ。カラスの行水じゃあるまいし。
詮ずる所、ロイはあまり生活というか風体というか、まあある意味せせこましいようなものに極めて無頓着なのだ(オリエンテーションのときの荷物のあの過少さ!)。極度の面倒くさがりなのかもしれないけれど、要所要所の几帳面さを見ているとそうでもない。
よくわからないやつだ。
「あ!」
ロイが、今まさに夢うつつの境界を彷徨い、夢の方へと走り出そうとしているオレを見て、声をあげた。
「エド!お前!髪!びしょぬれ!」
「んぁ・・・?拭いたよ・・・?」
「乾いてなければ『拭いた』とは言えん!俺の枕が濡れるだろ!」
「えぇ〜・・・人がせっかく寝ようとしてるのにぃ・・・」ぶーぶー言いながらもオレは気だるげに起き上がった。
ドライヤーがぶおーっと強風を産出する。うとうとしながらロイの前に正座をして、為されるがまま髪を乾かされる。
暖かい風が頭の左の方へ、右の方へ・・・。それに伴ってロイが手ぐしでオレの髪の絡みを解きながら乾かしていく。
おお、これは、なかなか、気持ちが良いぞ・・・。
「気持ちいー・・・」
オレの前に満面の笑顔を称えてフワフワ浮いている天使がオレをいざなう。「さあ早く眠りの国へ行きましょうよ!」
あったかいな。
オレは『わりと淋しがり屋』なので。第一次ホームシックがオレを苛めるので。
この温かさと快さに、なんだか万感の思いが湧いて出てきて、ちょっとおセンチになった。
実家までは特急で二時間かかる。ホームシックになったからと言って、すぐに舞い戻れるような距離ではない。
(でも此処があってよかった)
オレは自分で思ったのに、何故か不意を突かれたような気がして、少し照れた。
よかったなあ。
寝惚けていたのと夢心地が半分、へんてこな酩酊と淋しさが半分、が相俟って、オレはなんとはなしに向き直ってロイの腹部に抱きついた。おわ、とロイが一瞬身を引いたけれどすぐに順応した。オレの荒唐無稽な行動にも慣れ、それに対応しうる抗体物質も、ロイの中にすっかり完成していた。
「ねむーい・・・」
ドライヤーの風が、頭部と、頭部を貫く身体の芯のようなものを、やさしく暖めた。
それはとても心地よいぬくもり。


髪から液状の水分が消え失せたら、「ありがとー・・・」とうわ言のように呟きつつオレはふらふらベッドへ戻った。
オレが極力壁の方に寄ったというのに、やや!ロイはソファーで寝ようとしておられる!
ソファーの上の物たちを案じる様子もなく、一気に腕で落としていくロイの背中に、
「なんでソファーで寝るのー・・・」と寝惚け半分で言った。
「なんでって」
ロイは眉間に皺をよせる。
壁に寄ったことによってオレの脇にできたスペースをぽんぽん叩きながら、「ここで寝るのー寝なさーい」
オレはこの上なく機嫌が良かったのだ。今思えば、よく寝言と間違われなかったなと思う。
「お前な・・・」まだ抗議の意を示そうとするロイに、「やーだーやだやだ」オレは地団駄を踏んで我がままを垂れる。
ロイは観念したのか、溜息をひとつ吐き出してから、オレの指定した場所へ横になった。オレは満足し、ぽつり、と語り始めた。
「オレね、こういうの、ないんだ」
虫の音が微かに聞こえる。リンリンという虫の音や通り過ぎる車の音が耳朶に触れて、げほげほという外の誰かの咳まで聞こえてきそうだった。そんな静かな夜だ。
夜の闇は何枚も分厚く重ねたレースのようで、やさしく世界を包んでいた。そのレースに抱擁されたオレの心はとても穏やかに凪いでいる。
「修学旅行とか、全部一人部屋にまわされたから、こうやって友達と眠るのって、なかった」
「だからオリエンテーションあんなにはしゃいでたのか」
「は、はしゃ、はしゃいでねーよ!」
ロイが揶揄を孕んだ微笑を表情に乗せた。不快ではない。
「だから、さ」
もう睡魔がそこまで来ていた。
「こういうの、嬉しいんです」
なんとかそこまで伝えたのか伝えられなかったのか、とにかく頭をやわらかく撫でられたので、オレはひょこひょこやって来た睡魔に抵抗もせず連れて行かれようとした。
「うん、いいから、寝なさい」
そう隣の相方が言ったのを辛うじて聞き届けた。
「おやすみ」と言ったのは、オレだったのか、ロイだったのか、覚えていない。

*TO BE CONTINUED*





五便です!ふぅ
途中、ブロッシュが朗読した部分、文体変えるのにとっても戸惑いました・・三人称って世界で一番苦手だ・・
なにやら二人のあたたかい感じを出せていたら嬉しいです・・!//どきどき