:: おまけ ::
こんなすみっこのページまで見てくださって有難うございます^^*
オフ本の番外編等もございますが、本をお持ちでない方にもお読みいただけるよう意識しておりますので、
ちょっとでも楽しんでいただければ嬉しいですv


  ◆◆happy lie life --Maid and Egoist 番外
小さなお兄さんの部屋はとても歩きづらい。

そこかしこに分厚い紙の束(これを人は ほん と呼ぶ)がぐちゃぐちゃになっておいてあるので、足場がとりにくいんだ。
部屋の中央らへんには、ぼくと同じような姿をした生き物が表紙の「ほん」が、四個つみあがってる。小さなお兄さんはいつもこれを見ながら、「かわいいかわいい」とつぶやく。その「かわいい」という言葉は、ぼくに対してもよく使う。それを口にするときに小さなお兄さんはとっても嬉しそうな顔をしているので、どうやら良い感じの意味みたいだ。
ぼくはそれらの「ほん」から逃げるようにして、大きな屋根の下へもぐりこむ。(この大きな屋根を、人は べっど と呼ぶ)
ふぅ、まさかここには「ほん」はないだろう、と信じて潜り込んだのに、あまかったみたい。
白い紙でつくられた袋の中に、やっぱり「ほん」があった。
それらの「ほん」の表紙には、どれも共通して「チョコレート」とか「お菓子」という単語が使われていた。黒っぽい物体がたくさんうつっている。(どうやらこれが「チョコレート」らしい。これは食べ物かしら?)
ぼくがその「ほん」に気を取られていると、ぬっと手が伸びてきて、ぼくの身体にその手が触れた。どうやら視覚を頼りにしないで、まったくの勘で手を伸ばしたものだから(たぶん、この袋を取り出そうとしたんだろう)、その手の持ち主は
「わ!チョコ!こんなとこにいたのか!びっくりしたー!」とずいぶん驚いていたようだった。
小さなお兄さんだ。

小さなお兄さんは金色の綺麗な毛並みをしている。
ぼくの目は青いのに、お兄さんは金だ。ひとはみんな金色なのかな、と思ったのだけど、隣の部屋にいつもいる大きなお兄さんは黒っぽい色だったから、そうでもないみたい。
そういえばぼくが居たペットショップの隣のケージにいた、ぼくのお友達の猫は赤黒い感じの目だった。猫もみんな違うように、ひともみんな違うらしい。
小さなお兄さんはその袋をずるずる引っ張り出して、その中にある「ほん」を大きな台(これをひとは つくえ とよぶ)の上に広げた。
お兄さんの手には、また新しい本が抱えられていて、それにもまた、「チョコレート」という字が見て取れた。
『チョコレートってなーに?』ってお兄さんに聞いてみる。
「みゃーお」ぼくにはこれしか声が出せないんだもの。
「ん?何?お腹すいた?」
ひとの言葉は全然わからないけど、ぼくが質問したのに、問い返されたということはわかった。

小さなお兄さんは、大きな屋根の下になかった、新しい「ほん」を(どこかでかりてきたみたい)熱心に見ながら、小さなメモにたくさん文字を書いていく。なんて意味が書いてあるのかはぼくにはわからないけれど、「溶かす温度が高すぎるとツヤが悪くなる(引用、チョコレート大辞典)」とかって記してある。ぼくの見たままをそのまま伝えております、意味はわからないのであしからず。
お兄さんは、「うーんそうか・・」とか、「むずかしいなぁ」とか「奥が深い・・」とか呟きながらメモをとっている。
そしてお兄さんが、「どれを作ろうかな」と呟いたときに、たまたまぼくが、右斜め上の、おそらく「チョコレート」の仲間と思われるものの上に手を置いてしまったので、お兄さんは「チョコはそれがいいのか?じゃあそれにするか!」と張り切った。
ぼくは一人で不思議そうな顔をしていた。

と、ここで小さなお兄さんの部屋を、誰かがノックした。きっと大きなお兄さんだ。
いつもはノックなんてしないで入ってくるんだけど、今日は小さなお兄さんが鍵をかけていたからだ。「チョコレート」関係の「ほん」を大きなお兄さんに見られたくなかったのです。どうしてそれがわかったかというと、ノックの音が聞こえてきたら、小さなお兄さんはぼくがびっくりしちゃうぐらいに慌ててそれらを袋にしまって、「べっど」の下に隠したから。

「どうして鍵?」とたずねた大きなお兄さんに、金髪のお兄さんは「着替えてたの!」と答えた。
ぼくにはひとの言葉はわからない。
でもなんとなく、本当にあてずっぽうだけど、きっと今小さなお兄さんは嘘をついた。
そんな気がした。
だって声質が浮ついてて、頼りない感じで、目も泳いでる。
嘘をつくのがきっと苦手なんだろうな。
かわいい猫──じゃなかった、かわいいひとだ。


数日が経って、今日ぼくは大きなお兄さんの部屋にいた。

大きなお兄さんもまた、「つくえ」の上に「ほん」を広げて、いっしょうけんめい見ていた。(どうやらこの「つくえ」というものは、「ほん」を広げて使うものらしい)
そこには、金色とか銀色とかの、きらきらした丸い円みたいなものがいっぱいかいてあった。
「指輪コレクション」ってかいてある。そのわきに、「カタログ」。どういう意味なんだろう・・?
大きなお兄さんは、「こんなに安いのか」とかブツブツ言ってる。

「どれがいいか・・おい、猫、エドはどんなのが似合うと思う」
ぼくに話しかけているのはわかるけど、なんていっているのかは全然わかんない。
もうなんでもいいから、とりあえず適当に、一番手前の金色の円を踏んづけた。
「それか・・一番高価なのを選ぶとは、なかなか目が肥えているな、猫」
「?」ぼくはまた疑問符。
「じゃあそれだ。私が買いに行きたいのだが・・エドに不審に思われるな。びっくりさせよう」
そう言って、大きなお兄さんは「つくえ」の脇の・・うーん、なんて形容すればいいのか、これ・・。
12個のボタンがついていて、それらには1、2、3、4、5、6、7、8、9、0、#、*という記号が書いてある。
そしてこれを、ひとは でんわ と呼んでいる。
その「でんわ」の一部を持ち上げて、(へんなグルグルしたひものようなもので本体と繋がっている)その物体に大きなお兄さんは長い独り言を言い始めた。

「品番R−08だ──そう──ああ──わかった。大体いつになる?──ああ──ああ──すぐできるか、わかった、頼む」
ガチャンッ。と「でんわ」の一部を本体へ戻した。

そしてぼくは大きなお兄さんの足の上に丸まって眠る。この様子を小さなお兄さんが見ると、とっても悲しそうな顔をするんだ。
だって、小さなお兄さんの足は骨ばってるし細くて、ちょっと寝づらいんだ。
ごめんね。

そこで大きなお兄さんの部屋のドアが開いた。

「あ!またここにいたんだチョコ・・!」ほら、ふきげんな顔になった。
「主上何してたの?」と小さなお兄さんはぼくの頭を撫でながら、何気なく言う。
「仕事だ。関心だろう?褒めてくれたまえ」
「へー!珍しい・・!でも当たり前だ!こんな生活が懐手で手に入ったら地獄に落ちるぞ」

──これもまったくの推測だけど、たぶん、大きなお兄さんは嘘をつくのがうまそうだ。

ぼくはくすっと笑った。

そんなかんじで、嘘をつきあってるお兄さんたち。
嘘がばれたら修羅場かしら?なんて思ったけど──お兄さんたちはとっても幸せそうに笑うので、ひとの言葉がわかんなくても、よくわかることがひとつある。

それはきっと、とても幸せな秘密なんだね。

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よくわかんないな・・(シクリ
猫ちゃん随分流暢に喋ってるのに なんで机とか本の意味わからんの って思われるかもですが 猫語を翻訳してると思ってください・・(笑
なかなかむずかしかったです・・本を「冊」で数えちゃいけかったりとか・・
チョコたんのお話でした




  ◆◆ジョーカーは微笑む--Maid and Egoist 番外
「あがり」

クローバーの3を潔く床に叩きつけた。
3なんていう最弱のカードであがるなんて、オレって天才?
「主上大貧民ー!オレ大富豪!」
主上に「貧民」なんていう単語を浴びせられる日がこようとは誰が予測しただろう。
眉間に深く皺を刻んで、不服そうな顔を隠しもせずに露呈する、主上の手にはまだ6枚もカードが握られていた。
「まーだそんなにあまってんの?どれどれ」
ばしっ、と怒りとともに床に投げ捨てられたカード達。彼らのペイズリー柄の背中には鈍痛が馳せたことだろう。
理不尽な攻撃を受けた哀れなカードは、ハートの4と6にスペードの7と9、クローバーのジャックとダイヤの3。
「あちゃーよくもまあこんなに協調性のないカードを残したもんだな」
「こんなゲームで貧民だの富豪だの喚きたてるやつらがせせこましいというものだ。せせこましいやつらこそ貧民というんだ」
こいつ・・!ほんと、利他、って言葉を覚えろ。
「なんだと!負け惜しみ言うな!ぶぁーーーか!」
「ババ抜きだババ抜き。こんな馬鹿げたゲームなどやってられん」
「ババ抜きって退屈じゃねえ・・?しかも二人」
「あのスリルはなかなかのものだ」

大貧民と違ってババ抜きはかなりの拮抗だった。
オレの札がハートの8、主上の札はジョーカーとスペードの8。
二分の一の確立で戦いあう、ババ抜きの醍醐味だ。
「げっ!またババかよ!」
ジョーカーを引くたびそう嘆くオレと対照的に、主上はジョーカーを自分の手札に加えると、チッと舌打ちしながらカードを背後に隠してきる。
ますます機嫌が悪くなっていくその様を見るのは結構楽しい。
ジョーカーが9回オレたちの間を行き来した。フラストレーションも沈殿しはじめている。
オレが主上の手札の右側を引こうとすると、主上はぎゅうっと強くそのカードを握り締めて牽制する。
オレは勝利を確信した。到来するカタルシスに乾杯。
「ほら!はなせよ!卑怯者!はーなーせー」
力が緩んだ一瞬を逃さずに、ばっとスペードの8を取り上げる。
オレの二連勝だ・・・って、あり?
ジョーカーだ。
カードに描かれた悪魔のような生き物が、にやにやこちらを見ていた。
オレが勝利感の唐突な瓦解に拍子抜けしている間に、主上はオレの左手からハートの8をとりあげた。
「あ!てめえ!さいてーだな!!卑怯者ー!!」
「『なんだと!負け惜しみ言うな!ぶぁーーーか!』」
オレの口調を真似て、主上が言った。
む、むかつく・・!

「私が大富豪だ。完璧なキャスティングだな」
「ババ抜きは富豪とかないんだよ!」

にやにや笑うジョーカーを主上に投げつけた。
主上もにやにや笑っていた。

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一回全部データ消えて絶望したorz
まあ短かったからいいけれど・・
メイドでこういう日常の1ページみたいのを書きたかったのになかなか書けなかったので・・たのしかったです!
エドは大貧民強そうだー・・私もちょっと強いですよ(笑
大貧民って「大貧民」って呼ぶ人と「大富豪」って呼ぶ人といますよね
私は断固大貧民派 貧乏性!にこ!




  ◆◆墜落ヒコーキ--★三毛猫ヤマト★ 番外
「やはり、ジーニアスだ」
左右の眉がキスしてしまいそうなほど眉間に皺を刻んで、ブロッシュが見下ろす二つのチープな白。その二つの白の上に踊る黒をじっくりと吟味し、咀嚼し、見比べ、彼はつぶやく。「完璧だ」
「そりゃそう」ブロッシュの手に握られた二つの白のうち、片方の所有者であるオレは全幅の無関心を表す頬杖をついてうなずく。「当たり前」
なんてことはない、ブロッシュの両の手にあるものはオレとロイの成績表だ。もう一方の持ち主であるロイは、オレとは対照的に、全幅の苛立ちと不愉快さを込めた頬杖をつきながら黙っている。
「すべての科目に於いて、エドのほうが高得点──」とたん、ブロッシュは若干目を見開き、顔をしかめた。二つの成績表が示す内容を理解すべく、素っ気無く印刷されたグラフや数字をしっかりと噛み砕いている中に、ジャリっとした嫌な感じの砂が混ざっていたようだった。「では、ない」
オレは、なんだよやっと気づいたのかよ、その二枚の紙における面白みはそれだけじゃねえかよ、という気持ちで頬杖から顔をあげた。そしてロイも同じようにぱっと顔を持ち上げてみせる、暗闇に一筋の光明が差した、というような表情だ。とうとうエドを負かしてやった、とでも思っているのだろう。まあ、ひとときの幸福を存分に味わいたまえ。
「ロイのほうが、一点差で、高得点なのは、」二枚の紙を素早く比較しながら、ブロッシュは言いつめる。「ほ、保健体育」
くっ、と二人分の笑いが漏れる。ロイだけは一瞬にしてこめかみに青筋を見せたので、消去法で、つまり、オレとブロッシュの哄笑になる。
「さすがだ」ブロッシュは笑いを隠しもせずに拍手をした。両の手に持った紙がこすれあって、不躾な音をたてる。「さすがはキングオブむっつり」
オレは殺しきれないにやつきを呈しながら、額に手を当て、努めて残念そうに放つ。「完敗だ」
「おまえ」ロイの声は震えている。むろん、怒りにだ。「わざとだろ」
「華麗なる一点差という、このテクニック」オレはおもむろにシャーペンを取り出してみせる。「どうかね、ブロッシュ」
ブロッシュは二枚の成績表を重ねてひとつの紙ヒコーキにし、オレが腰をおろす席の机上に、そっと供えるようにして置いてみせ、
「やはり、ジーニアスだ」
ロイは拳を振り下ろし、紙ヒコーキをつぶしてしまった。それはさながら、墜落してしまった飛行機みたいだった。

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ロイを馬鹿にするときだけエドとブロッシュはとても仲良くなります笑




  ◆◆灰色アタラクシア--桜雨ガーデン。(合同誌:有料チャンネル。に収録) 番外
ノートのように開くことができ、その中に収まっている内容をじっくり眺め、吟味することができる。仮に「書物」というものをそう定義するなら、文学というものに無関心かつ不案内な者でも、人生を大きく動かされる書物が三つあると、オレは思う。
ひとつは、銀行の預金通帳。もうひとつは、ポルノ雑誌(これは多く男性について言う)。そして最後に挙げるのは、
「なに、それ」オレがいま、全身全霊で睨みつけているものだ。
それは現在マスタングの手中にあり、彼の興味索然とした視線を一身に浴びている。
「有名政治家の愛娘だそうだ」くるり、とその「書物」を、マスタングはこちらへ向けた。そこには、緊張という糸で両の頬をやや上方へ引っ張られている、和服姿の女性の写真が貼り付けられていた。
「私は人間と爬虫類とのハーフの子を作れと提案されているらしい」
確かに、その女性はマムシを彷彿とさせる顔立ちをしていた。が、いくらなんでも、言いすぎだ。
「失礼な奴だな。別嬪じゃないか」オレは目の前の国語教員を指弾する。「爬虫類界では、絶世の美女だ」
「失礼なのはお互い様だ」
「見合い、すんの?」オレはそのお見合い写真を取り上げ、ベンチに腰を下ろすマスタングの隣に並んで座った。放課後の裏庭には今日も、うららかな陽光に照らされた眠気を誘う空気が、それはもう惜しみなく、立ち込めている。
「君がして欲しくないと言うなら、」
「別に」
不敵に笑むマスタングの語尾を遮り、努めて平静を装う。瞳に差し込む呑気すぎる日差しを、睫毛を伏せて少し拒んだ。
要するに、こういう微妙な関係が、ゴールのないマラソンみたいにぐだぐだと続いている。季節はもうすぐ、初夏へ向かおうとする頃だ。
別に、とすげなく答えたオレから視線を外し、「あ、そう」とマスタングは言った。彼の肩をわざとらしく落とす素振りにも、気付かないフリをする。
「で、どうすんの」
オレは明瞭な返答を急いた。写真を開いてみてはいるものの、オレの目や意識は、マスタングの呼吸ばかり追っている。
「まあ、正直、肯定的に考えてる」マスタングはキセルの煙を吐くかのように、ふーっと長く息をついた。「美人は三日で飽きる、ブスは三日で慣れる、って言うしな」
「お前、全く彼女へのフォローになっていないということに、気付いてるのか?」
ひどすぎる、あんまりだ、と思う。そう強く思って彼女に同情することで、『肯定的』という単語が、随分鋭利なスコップでオレの心臓を抉っているという事実に、蓋をしようと試みる。
「そろそろ、腰を落ち着けるのも悪くない」
見合い写真を見もせずに、マスタングはオレに語りかける。語る相手が違うだろ、とオレは苦々しく眉を顰めた。
「ああ、そう」そう返すのがやっとだった。
小さすぎるTシャツを無理に着せられたみたいに窮屈に唸る心臓の反面、脳の一部は脱力した。その冷めた一部の脳はこう思考する。『やはりあのキスに意味などなかった』。
お見合い写真の<絶世の美女>と一度目を合わせてから、オレは思い出している。あの桜雨の中、理由もよくわからぬまま交わされた口付け──それは今、行くアテを探して、その意味を求めて、ぐるぐるとオレの体内を彷徨っている。でも、その実、意味なんてないのだ。でも、そのくせ、探し続けている。
(なんて、未練がましい)
はっきりさせていないのは、自分のくせに。
白黒つけられないものは、灰色にしておきたいのに、どうもそれではダメらしい、このテのものは。ちゃんと答えを出さなくちゃダメらしい。灰色ではダメらしい。そんなこと、わかってるけど。オレはそういう奴なのだ。
黙り込んだオレをよそ目に、マスタングは口を開く。
「私は既にもう、少し長く生きすぎた。君の二倍近く生きた私が、何を学んだと思う。何を見つけたと思う」疑問口調ではあったが、オレの返答なんて待たずにマスタングは言葉を継ぐ。「それらのあまりの少なさに、落胆しているぐらいなんだ」
彼がそこまで言うと、マルクスがやってきた。マスタングにやたらと懐いている、あの野良猫だ(名前は結局マルクスになった、マスタングは最後まで資本主義を引き合いに出して渋ったけれど)。マルクスが太腿の上で丸まるのを待ってから、マスタングは続ける。
「これが、何かのきっかけや、発見に繋がるのなら」オレからお見合い写真を取り上げて、再度開き、目を落とす。「話を受けてみるのも、悪くないかと思ってな」
「そう」オレは頷いた。「いいんじゃない」
「本当にそう思ってるか?」
「当たり前。大体お前、もういい年だろ?そろそろ結婚しないと、ご両親も心配だろうに」
「本気で言ってるのか」
「そりゃそう──」
それなら、とマスタングはオレの言葉に被せて、放った。「どうして目が、潤んでるんだ?」
オレの鼻先まで顔を近づけてマスタングはこちらを覗き込み、驚いて身を引いたオレの右頬に手を添えた。
オレは泡を食って目を隠そうとするけれども、その手首も押さえられてしまった。「こッ、これは、目に、ゴミがっ!」いたっ、いたた!と大袈裟に痛がるオレを見て、マスタングはこういう行動に出た。
「どれ」そう言って、オレの目をじっと見る。身体の向きをちょっとずらし、それはもう息がかかってしまうほどの距離まで顔を近づけて、尚、入ってなどいない目のゴミを探している。否、探している、ふりをしている。こういう遠まわしな手法で、いつだってオレを慌てふためかせるのが好きなのだ、こいつは。なんて性悪な。なんて意地汚い。
「ちょ、ちょっと、近いんだよっ、自分でとれるから!」
オレは俯いて目を手首でこすり、ゴミを取り去ろうとする、ふりをする。お互い演技ばっかりの、よくわからない状況下だ。そうしている間に、オレの背中に、マスタングの両腕が回った。
「・・・嘘に決まってる」その「嘘」が、お見合いを承諾するという事だというのは、すぐにわかった。オレの耳のすぐそばで漏れるマスタングの声には、かすかな含み笑いが乗っている。実に、幸せそうな声音だった。くそくらえ。「私の実り少ない人生の中で、唯一自信を持って誇れるものがある」
オレの声なんか、もう弱弱しく震えていた。「ま・・・まさか、『それは君だ』とか、い、言うつもり?」
くす、とマスタングは笑ってみせる。「言うつもり」
仕様が無いので、オレは抱きすくめられたまま、とりあえずマスタングのワイシャツの胸部を掴んだ。「そ、そうですか」
居心地が悪くなったのか、マルクスはマスタングの両足から飛び降り、建物の影へ消えた。どこまでも気随気侭だ。オレだってそうありたい。こんな状況にも動揺しないで、はっきりと物を言えるような心が欲しい。そういう一切乱されない心の境地を、エピクロス哲学の言うところの、なんだっけ、アラタシアじゃなくて、アラルシアじゃなくて──とにかく、この程度のことで、破裂しそうになったり止まりそうになったりするオレの心臓なんて、いますぐ処分してやりたい。
「耳まで赤い」マスタングはそういう事を、囁く、という表現がぴったりの風情で呟く。そうして、オレの真っ赤になっているらしい耳に、そっと唇を押し当てた。
エピクロス哲学の理想の境地の名前をもうすぐで思い出せそうだったのに、それによって、そのマスタングの気まぐれなキスによって、エピクロス哲学の理想の境地ははるか悠久の彼方へと消し飛んだ。オレは奇声をあげることすらままならず、ただ、死なないように呼吸を繰り返すことで精一杯だった。そして、視界に入った、地面に横たわっているお見合い写真に、なんとはなしに心中で一度、謝った。
オレはどうしようもなくて、だから、額をマスタングの肩へ押し当てて、これだけのオレの行為で、マスタングに全部が伝わればいいのにと願った。エピクロス哲学の理想の境地の名前が思い出せない歯痒さも、言葉を何一つ発せない自分への情けなさも、お見合いなんてしてほしくないっていう本音も、あんたが結構、好きなことも、全部伝わってくれればいいのに。
そう強く願いながらオレがひとつ息を吐き出す。たったそれだけで、それらが全部伝わったはずはないだろうけど、マスタングが抱きしめ返してくれたので、今日のところはとりあえず良しと、しよう。
オレの人生だって、実りあるようなものとはとても言えない、と思う。でもここには、ぬるくて優しい光があって、身体を包む柔らかな温もりがあって、例えばオレが、これらの為に今まで走ってきたというなら、多分九割以上のオレの努力は報われるだろう。
エピクロス哲学の理想の境地がなんという名前かまだ思い出せないけれど、黒白つける前の灰色の状態で、今はいい。この腕が離れたら、悔しいけれど博学多識であるこいつに、聞いてみよう。
それからついでに、伝えてしまうか。白黒つかない、この、恥ずかしい心の奥。

マスタングがあと三回オレにキスをするまで、オレはもう少しこの灰色に浸っていることにする。

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桜雨ガーデン。はオフラインで発行した「有料チャンネル。」という合同誌に収録されている木下の小説です・・!
本をお持ちでない方にも読んで頂けるよう意識して書いてみたのですけれど・・ど、どうかな・・!どきどき




  ◆◆gentle pace?--捨て猫ヤマト(ハボブロ) 番外 
 朝の八時前、今日の空は薄暗く、灰色だった。それは頭上を覆う分厚い雨雲のせいなのかもしれないし、あるいは、足元のコンクリートを映した色なのかもしれなかった。
 寒さに俯けていた顔を上げると、前方に、壁が足を生やして歩いていた。と思ったら、ハボックだった。
 相変わらず、馬鹿がつくほどでかい背中だ。南極から吹いてきているのかと思うほど冷たい風を右頬で受け流しながら、前方二十メートルほどを歩いている、その馬鹿でかい背中を睨みつける。
(……八時前、)
 オレは手元の腕時計を確認する。朝練、寝坊したな、あいつ。
 ハボックは両耳をイアーホンで塞ぎ、両肩を耳たぶにくっつけるようにしながら歩いている。後方を歩くオレに気付いた様子もない。
(声、かけようか)どうしようか。
 別に、声をかけてやる義理もないけどな。オレは眼窩の内部で目玉をきょろきょろさせる。でも、無視するのも、変だよな。それに、あえて声をかけなかったことが後からハボックの野郎にバレたら、それこそねちねちと文句をつけられそうだ。
(ち、しゃーねーな)
 オレは覚悟を決め、ハボックに歩み寄ろうと、くたびれたコンバースのつまさきを馬鹿でかい背中のほうへ向けた。右手に持っていた携帯をポケットに仕舞い、肩にかけた通学カバンを持ち直す。
 何聞いてんだ? とオレはハボックの耳から垂れるアイポッドのイアーホンを見る。
「……随分余裕だな、」間違いなく朝練に遅刻しているくせに、悪びれた様子も、焦っている様子も見受けられない。「不良学生め」“優良”を絵に描いたような生徒であるオレは、素行の芳しくない前方の男に向けて、眉間に皺を刻んだ。
 朝練遅刻の戒めも兼ねて、ハボックの背中を思いっきり叩いてやろう──そう画策しながら、先ほどから歩いているのだが、
「……あれ」
 ハボックまでの距離が、一向に縮まらない。それどころかむしろ、どんどん広がっていっているようだ。
「くそ、」
 ポケットに突っこんでいた両手を抜き、歩みのスピードを上げた。頭は小学生並みのくせに、脚力だけは一人前だ。
 しかし、ちょっと加速したくらいでは、駄目だった。最終的には小走りになって、ハボックの背中に半ば追突するようにして、こちらの存在を気付かせた。

 ハボックは驚いたようにやや目を丸くし、イアーホンを耳から外す。
「おう」
 オレはといえば少々息を切らしていた。「お、お前、歩くのはええな……」
「そうか?」アイポッドを胸ポケットに仕舞う。「普通だろ」
「はえーよ馬鹿、」ふん、と顔をそむけつつ、ハボックの隣に並んだ。「脚力だけは一人前だな」
「そうか?」チュッパチャップスのコーラ味を剥き、口に含む。「普通だろ」
 まあ、確かにこれまで、こういった日常の場面でこいつの脚力を痛感したことは無かったのだが。
「朝練は?」
 顔を斜め上に向けて問うと、「寝坊」と簡潔な返事が降ってくる。
 この不良め、と罵ったところで、はたと気がついた。オレと奴の歩調が、ぴったり合っていることに。もちろん、オレが無理して合わせているわけでも、ない。
(……あ、)今まで、全然気がつかなかった。
 二人の足元をじっと見下ろすオレの頭上に、「なんだよ?」と悪辣な口ぶりの疑問符が落ちてきた。
「……いや、」オレは口元をマフラーで覆った。「なんでも、ねえよ」

 全然気がつかなかった。
 これまで、オレに歩調を合わせてくれていたのか。
(……ちっ、)
「ぜってえ、思わねー!」オレはハボックを追い越し、単独トップになる。
「あ?」

 ちょっと優しいじゃん、なんて、ぜってえ、思ってたまるか。

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ハボックは天然無自覚の紳士的ヤンキー  だといい。