「これ、は、何だ?大佐」 「ポルノ雑誌にでも見えるかね、鋼の。どう見ても報告書の束だろう?ただし、白紙の」 等価交換 エドの眼前に積み重なっているもの。 おおよそ数十枚。 気分を奈落の底へ突き落とすには十分すぎる分厚さ。 「大体君達がマメに報告書を提出しないからだ。報いが返ってきたな、鋼の。今度からしっかりマメに、マ・メ・に、提出すれば済む事だ。そう、マ・メ・にね」 「マメマメ言うな!わざとだろ!」 毎度の事ながらロイの戯れ事に憤慨するエド。 その反応に納得し頷かんとばかりにロイは笑う。 エドはその卑しい笑みを威嚇するように睨み付ける。 その威嚇もロイの前では余りに無力で、流し目によってさらりとかわされた。 わかりきっていた事なのでエドは悔しがる事もせず、唯ふぅ、と溜息を吐いた。 今にも消え入りそうな、弱々しい吐息だ。 「これじゃあ帰れねーよ・・・」 「帰すつもりは毛頭無いが」 少し意味合いの違う意思を示唆するつもりでロイは言ったのだが、エドにとっては『嫌な上司』という印象を濃くしただけだった。 エドはもう一度、ふーっと先程より長めの溜息をし、その紙の束に手をかけた。 ―――大佐の事は嫌いじゃない。 しかし凄まじく屈折したその性格が、どうしても『苦手な奴』というレッテルを貼り付けているのは事実だった。 2時間が経過した。 エドの側にはまだまだ膨大な量の白紙の報告書がその圧倒的な存在を湛えていた。 文字通りその存在に圧倒されたエドは、両手を前に突き出すようにして机の上に伸びた。 (このまま寝てぇ・・・) 一瞬のうたかたの夢に浸る為目を閉じる。 その時、自分の頭の後ろ側に違和感を感じた。 ロイがエドの黄金色の髪に触れていた。 エドの身体が強張る。 その編み下げをさも物珍しげに眺めるロイ。 己の漆黒の髪とまるで対照的な色が珍しいのだろう。 エドは動くに動けず、唯じっと固まっていた。 そしてやけに強張る身体。 疲れによる眠気のせい?それとも? 「・・・綺麗な金だな」 ロイが呟く。 エドは一際大きめの鼓動を感じる。 「大佐だって」 半ば社交辞令的な返事をし、エドは口をつぐんだ。 しばしの沈黙。 口火を切ったのは金髪の方。 「仕事できないんだけど」 「気にせず続けてくれ」 気にせず、と言われても無理な話だ。 と言うのも、エドの心拍数が着々と上昇しているから。 結局そのままの状態で続行する、という事でうまく丸め込まれ、可決した。 注意散漫のこの状況下で、仕事などろくすっぽ手につかない。 活字を目で追うフリをして、頭を動かさずに、眼球だけで気付かれないように後ろの様子を伺おうと試みるが、見えず、無駄な努力に終わった。 「やっぱやめてくれ・・・ま、せんか。集中できないので」 エドが何気なく発した「集中できない」という言葉に、ロイは耳聡く反応した。 そして口端を上げるように笑い、手を離した。 ほっと安堵に胸を撫で下ろしたエド。 が、次に襲ってきたのは物足りなさだ。 「・・・・」 馬鹿正直な身体だな、と思いながらも、今度こそとても言い出せる事ではなく、黙々と仕事を続けるエド。 下を俯いているその顔には、自分の薄情さに顔を赤らめている表情があった。 仕事が3分の2片付き、一息入れようと背筋を伸ばす。 「鋼の、終わったのか?」 『鋼の』―――・・・ 妙な距離を感じる。 「あー、まだだけど、大体」 3分の1も残っているというに、大体終わった、と言ってしまったのは、見栄からだろう。 「そうか」 ロイはそう呟くと、手元の電話の受話器を握り、ダイヤルを回した。 もうすっかり夜は更け、時計の針は10時半を指していた。 相手がでるのを待っているロイの姿を、エドはぼーっと傍観している。 「私だ。11時くらいには会えそうだ。ああ、わかった。じゃあいつもの店で」 という一連の会話を受話器に向かって話し、電話を切る。 「・・・誰?」 エドが問う。 「今日のデートの相手だ」 「んなっ!?何だって!?」 「もてる男はつらいのだよ、鋼のまぁ君のようなマメには一生わからないだろうな。無能だな!無能!ハハハ」 また、『鋼の』。 今度はさっきより確かに、抵抗を覚えた。 後先考えずに口走ってしまう悪い癖。 「『鋼の』っていうな!」 普段と突っ込みどころが違う。 「マメ」という、エドに関しては最高の侮辱の言葉に反応せず、今回は「鋼の」という二人称が何故か強い反感を買ったらしい。 一方でロイは、平然とした表情の裏で、うまくいったようだ、と満足そうに頷いていた。 「オレは国家錬金術師の前に、『エドワード・エルリック』だ!!ちゃんと名前でだなぁ!」 エドは憤っている、というよりは、何かに妬いているような口調で言う。 「大体なんでホークアイ中尉とかハボック少尉はちゃんと名前で呼ぶのに、オレは名前で呼んでくれないんだよ!大佐にとってオレはそんなに他人事なのかよ!」 ここで負けた。ロイは必死に堪えていたのだが、とうとう吹き出してしまった。 ブハッ、という音が部屋に響く。 「何で笑うんだよ!」 この一言で更に追い打ちをかけられたロイは、抱腹絶倒状態で爆笑する。 仕事机をバシンバシンと叩きつけながら、笑い転げている。 「な、なんっ・・・!」 暫くして、涙が滲んだ目を拭ったロイが言った。 「何にそんなに妬いているんだ?」 「な、何ィーーーーーーーー!?」 赤面しながらも怒るエドを、未だに引きずる笑いをしながらロイは楽しそうに眺める。 「お、オレはだなぁっ!」 「ハイハイ」 エドを宥(なだ)めるようにロイが言う。 「落ち着いて。エ・ドvv」 「────っ!!」 音にならない言葉を叫んだエドの顔は、マントよりも赤い。 そこでロイが秀才ぶったような立ち振る舞いで人差し指を左右に振る。 「錬金術の基本は『等価交換』だったな?エ・ド?」 「いちいち強調せんでいい!・・・・だから何だってんだ」 そしてロイがニヤリと笑う。 エドは嫌な、嫌すぎる予感を察する。 「だ・か・ら!エ・ドも『ロイさん』って呼・ん・で!」 エドは硬直する。 「『等価交換』は絶対だ。な?エ・ド?」 まだ動かない。 「ほーら『ロイさん』って!」 まだまだ動かない。 「ロ・イさん!ほら続いてー」 動いた。 「何でだよっ!!」 「君が言い出したんだろう。エ・ド。それとも『等価交換』の原則を破るつもりかね、は・が・ね・の。」 エドは一度だけだ、と心に決める。 「ロ」 「んん?」 「ろ、ロ」 「聞こえないなぁー」 「ロイさ・・・・ん」 蚊の鳴くような声。 ロイが納得するはずがない。 「なんだって?プリン食べたい?あいにくないんだよなぁ、今」 「ろ、ロイさん・・・」 「ええ?ホークアイ中尉の下着盗んでこい?駄目駄目ー!モラルが無いぞ鋼の」 これにはキレた。 「ロイ・マスタングさ・・・!!」 顔を上げて叫ぶ。・・・叫ぼうとした。 が、最後まで言い終わらないうちに、唇を塞がれてしまった。 唇で。 ・・・・・・ 数十秒後、解放されたエド。 「ぶはぁ!!!な、何すんだよ!!お前鼻と口と目がついてる生き物なら何でもいいんだろ!?」 「それは愚説だな、エドワード・エルリック。鋼の錬金術師、エドワード・エルリックだから、だ」 このセリフには、唯赤面するしかなかった。 何故この男はこんな恥ずかしいことをさらりと言ってのけるのか。 「お前は可愛いな!エド」 開いた口が塞がらないとは、正にこの事。 仕方ないので、便乗してやることにした。 「・・・・・・どうもありがとよ。ロイさん。あんたキャラ違うぞ?」 呆れ声で言う。 「あ、そうだ」 エドの言ったことには全く構わずに。 「今のキス、等価交換成立してないなぁ」 こいつは天性の阿呆だ、とエドは思う。 それでも結局ロイにはいつも勝てないのであった。 ─────勿論、この等価交換も、ロイの巧みな口運びで、成立してしまうのだった。 「・・・・・そういや、さっきの電話の人は?いいのか?」 「あれは全部演技だ。それなのにまぁしっかり妬いてくれちゃって」 「・・・・・・・・」 木下が生まれて初めて書いたロイエドでした 悪戦苦闘しているのがまざまざと・・!orz でも当時の精一杯です、きっと・・!(自分を慰める 軽く二年前 とか それぐらいのです ありがとうございました(色々なものに対して |