トワイライト・ロマンス [3]
【3】 日が傾きかけたころ「アニマルセンター」を出た。行きたい場所があった。 「アニマルセンター」を背中に見ながら、細長い影を落とすプラタナスの並木沿いを歩く。街は、やわらかく、やさしく朽ちたような、秋の色に染まっている。プラタナス並木の間をすり抜けていく風は、何度も丁寧にろ過した水のような、清潔で澄んだ香りがした。 大佐の左腕の裾を掴みながら、ゆったりとした歩調で半歩前を進む。 「恋人になった覚えは、ないんだけど」 さきほどの、大佐が小さな女の子に言い放った台詞を蒸し返した。『目が見えないと、恋人が優しくなるんだ』という、あれだ。 「それは、申し訳ないことをした」大佐はむろん、悪びれもしない。「『かねてから恋人になってほしいのだけれど、いまだになってくれない人』と言うべきだった」 「目が見えないと、かねてから恋人になってほしいのだけれど、いまだになってくれない人が優しくなる」試しに、口に出してみた。それは、世界一無益な情報のように思えた。「煩雑だ」 「そうだな、煩雑だ」大佐も頷く。「君が恋人になってくれたら、もっと簡潔に済むんだが」 その大佐の言葉は無視した。彼のほうも、反応を期待してはいなかったろう。だって口元が笑っている、あれは冗談を弄している時の顔だ。 口を噤んでどんどん歩みを進めるオレの耳に、半歩後ろから、声が続けて飛んでくる。 「恋人にならないか、私と」 鷹揚な声、だった。清澄な秋の空に難なく溶けていく、そういう澄み切った声だ。 自分の心臓が、瞬間的にぎゅっと縮こまる。収縮し、それから弛緩し、今度は早鐘を打ちはじめる。どぎまぎする。でもオレは、知らんぷりをする。 「君のことが、ずいぶん前から好きだよ」もう知っていると思うがね、と大佐は含み笑いで言い募る。「何度目の告白になるかな」 「なってもいいよ、恋人」努めて、平静を装った声音で話す。「デートは『アニマルセンター』限定になるけどな」あんた、目が見えないし。 「そのうち鼻がもげるなあ」 こんなに憎たらしいことをオレが言っても、大佐はいつだって磊落に笑うだけだ。 『好き』という大佐の言葉を内心で反芻する。 なんだよ、と思う。なんだよ、先に言うなよ。 *** 緩やかな勾配の街路を進んでいくと、海に出る。白砂青松とでもいうのか、風光明媚な海岸だ。時季になると海水浴場として賑わう場所だが、さすがにこの時期はあまり人気がなかった。 「……潮の匂いだ」 大佐はオレより先に、潮の香りに気がついた。視覚を失ったことで嗅覚が人並み以上に研ぎ澄まされた、という理屈であるのなら、確かにありえそうだ。 「海か?」 「当たり」 返事をしながら、砂浜へ下りられる石段を探した。防波堤は先が見えないほど長く続いていたが、砂浜への入り口はすぐに見つかった。大佐を誘導し、粗い造りの石段を慎重に下りる。段差の形状や高さを詳細にアナウンスすると、今回はスムーズに下ることができた。大佐は目が見えないことに、オレは目が見えない人をエスコートすることに、少しずつ慣れてきたのかもしれない。 海は凪ぎ、さざ波が控えめに浜にすり寄ってくる程度だった。夏季に大勢の人々をもてなした海が、気温が下がったことでやっと休暇をもらい、羽を休めているようにも見えた。開店休業中、というかんじだ。 大佐が素朴な口調で切り出した。「ところで気になっていたんだが」 「ん?」 「昼間は手を繋いでくれたのに、どうして今は腕の裾を引っ張るんだ?」 「べ、別にどっちだっていいだろ、」へんに鋭い奴だな。「理由なんかねーよ」 「どっちだって、いくない」大佐は、手を繋ぎたい、とぐずる。 「マセガキか」オレは、年をわきまえろ、と怒鳴る。 「いくつになったって、好きな人とは手を繋ぎたいものなんだ」 歯が浮くようなそんな台詞は、そうかい、と軽くいなした。大佐は目が見えなくなってから、ますます、クサい台詞を平然と吐くようになった気がする。視覚を失うと、羞恥心も薄れるものなのか? と真剣に疑う。 少しのあいだ砂浜を逍遙し、それから適当なところに並んで腰を下ろした。 「きれいな貝がある」と言って、大佐の手のひらにヤドカリを載せてやると、顔が青ざめるくらい驚いていた。オレは腹がよじれるくらい大笑いし、へそを曲げた大佐は、それからしばらくは何を言っても手を差し出そうとしなかった。 そうこうしているうちに──空が、真っ赤に染まった。日没だ。 真っ赤な、真っ赤な、目にしみるような、夕焼け。 今日のメインイベントのつもりだった。 きついオレンジのグラデーションが、空を覆う。水平線に近づけば近づくほど、濃い橙色になっていく。そのグラデーションの中心に、光の集合体、太陽がある。空も、雲も、頭上が全て同じ色に染まる。こんなに広大な空間を、一瞬にして自分の色に染め上げる。そんな、太陽の底力を見た思いだった。 オレも、こんなに間近で日没を見たのは初めてだ。 目を、意識を、根こそぎ奪われた。息を呑んだ。 美しかった。言葉を失うほど。 「……どうした?」 不安げな大佐の声を耳に受けて、我に返った。 「に、日没の時間なんだ」 「そうか、日没か」大佐は何も映し出さない瞳を、海の方へぼんやりと向けた。 「すごく──すごく、綺麗だ、」 彼は見えない。だから、この景色を、うまく説明してやらなくちゃ。 「空は、濃いオレンジで、グラデーションみたいで、」 脳に詰まったなけなしの語彙を、必死で漁る。 たとえばこの夕焼けがパズルで、それを表現する言葉がピースだとして、ぽっかり空いた一つの穴に、色々なピースを嵌めてみるのだけれど、どれもしっくりとこない。 この夕焼けにぴったりと嵌まるピースなど、オレの脳内のどこにだって無いような気がした。 「雲も、全部同じ色で……それから……」 それから、それから、 「……なんて、言えば、いいかな……」 なんて言えば、この景色が伝わる? 「なんて、言えば……」 どうすれば、この景色を”見せられる”? こんな、手のひらほどの、オレの言葉なんかじゃ── 「……鋼の?」 名前を呼ばれて、瞼の裏側が、急に熱くなった。ぼろ、と両目から涙が零れ出た。 あんたと一緒に見たかったよ。 本当は、あんたと一緒に見たかった。 文才のないオレの言葉なんかじゃ、なんにも伝わんないよ。 「あんたと一緒に見たいよ……っ」 眉に力を込めると、続けざまに涙があふれ出た。同じ時を、同じ空間を、同じ感動を、共有したいのに。 これじゃ、一緒にいたって、独りぼっちみたいだ。 こんなに近くにいるのに、彼の目は、オレの目は、違うものをうつしている。 あんたと一緒なら、暗闇だっていいよ。 きれいな夕焼けが見えなくたっていい。美しい海が見えなくたっていい。階段で躓いたって、全部いいよ。 暗闇でもいいから、あんたと同じものを見たいよ。 二人で見られないのなら、どんな美しい景色にも、価値なんてないんだ。 何も言わない大佐が、オレの後頭部をやさしく撫でる。慰撫のようでも、謝罪のようでもある、そんな手つきで。 大佐の言い分は、彼がわざわざ口にするまでもない。オレたち兄弟が追い求め、ついにたどり着いた賢者の石──その材料となるものの真相を知り、オレたちは石を使わずに身体を取り戻すと決めた。そんな経緯を、当然大佐も心得ている。オレたちの旅を応援し、バックアップしてくれていた彼が、石の使用を躊躇うのも無理はない。 「君を泣かせたりして、私は悪い男だ」自嘲というよりは、どちらかといえば軽口めいた言い方だった。「好きな人を泣かせることは、男として、最大の恥だ」 「泣いてねえ、」オレは片意地を張る。「決めつけんな」見えないくせに。 そんなオレのぐずぐずの涙声を聞いて、「そうか、泣いていなかったか」と大佐は笑った。「それは失礼した」なにしろ目が不自由でね、と肩を揺する。 しゃくりあげる度に小刻みに痙攣するオレの肩を、大佐は静かに引き寄せた。そして、まさしくこの眼前の大海のような、凪いだ声音で、 「美しい日没や夕暮れも、見たくないわけではないけれど」 大佐は歯を見せない程度に微笑んだ。 「君の姿は、瞼の裏に焼き付いているし、快活な君の声も聞けるし、」親指の腹で、オレの頬に伝った涙を拭い、「こうして君の涙を拭いてもあげられる」 そうして、ゆっくりと瞼を閉じた。 「耳で聞いて、触れれば、隣にいるのが君だとわかる」 それで十分な気がするんだ、と大佐は言い詰めた。 いつからそんな殊勝な男になった? と憎々しい口を利いてやりたかったけれど、飲み込んだ。この涙声では、きっと説得力もないだろう。 *** 「オレ、ちょっと、トイレ」 涙が少し引いてから、腰を上げた。このタイミングで? と大佐が眉の位置を高めたけれど、構わなかった。尿意などはむろん無かったが、この「優男モード」の大佐の側にいたら、いつまでも涙が溢れ出そうだった。 なるべく早急に涙を止めたかった。これは、オレの長男としての威厳、沽券にかかわることなのだ。長男は、長いこと泣き続けてはいけない。そういうものなのだ。 浜辺の隅っこに、一人しゃがみこむ。何度か深呼吸し、乱れた呼吸を整えた。 そうっとオレの靴にタッチするような波が、足元に寄ってきた。きっと海の水分は、神さまの涙なんだろう。だから海水はしょっぱい。だとすれば、神さまはオレより泣き虫だな。 眦を拭い、ひとつ鼻をすすって、立ちあがった。海の方向をぼんやりと眺めている大佐のところへ戻り、再度、傍らに腰かけた。 左手を、大佐の右手に重ねた。普段、オレなら絶対にしないような珍妙な行動に、大佐は大げさに目をみはった。驚いたのだろう。無理もない。 鋼の、とうわごとみたいに、大佐は一度オレの名を呼ぶ。オレは海風に水分を奪われた口唇を舐め、それから口火を切った。 「オレは──オレはさ、戻ってほしいよ」 よかった、うまく喋れる。声には涙の残滓もない。 「あんたの目、前みたいに、見えるように戻ってほしい」 気恥ずかしいから、わざと声を張った。心の底に秘める思いを打ち明けるのは、いつだっておもはゆい。 「……賢者の石で?」大佐はオレの表情をうかがうような顔をした。見えないくせに。 「そう、賢者の石で」 彼の逡巡をかき消すように、オレは強い語気で言い放つ。こっちが躊躇ったら、負けだ。そう思った。 「でも、あの石は」と言い差した大佐の語尾を、「うっさい!」と一蹴する。 「あんた、この国を変えるんだろ? その為には、必要不可欠じゃないか」 「そうだな、君の言い分にも一理あるけれど、」大佐は一度頷いてみせてから、「私には、私の両目の代わりなど容易く担ってくれる、優秀な部下がいるし」 頑固なやつめ、とオレは奥歯を噛む。やはり、唯々諾々とは同意してくれないようだ。 あの石は、人の命の塊。軽はずみな思いでは、決して用いてはいけないもの。それくらい、分かっている。分かりきっている。反吐が出るほどだ。 だけど、大佐には使ってほしいと思う。いや、使ってしまえ、とさえ考えている。いやいやそれどころか、使ってもよろしい、とまで思う。 我ながら、滅茶苦茶だ。石の使用は、あれほど自分が遠ざけ、禁じた行為であるのに、今は他人に石の勧誘をしている。手の平を返したように。可笑しな話だ。 でも今のオレなら、よしんば全世界を敵に回したとしても、賢者の石の投売りを続けただろう。 何故って、恋だから。 全世界を敵に回しても、その人に健やかでいてほしい。その人の真の幸せを願う。その為には、悪者にだってなる。 恋なんて所詮、そんなものだ。人間なんて所詮、そんなもの。 あんたのこと好きだから、しょうがない。だからオレの言うこと聞けよ。オレは長男だ。みんな、長男の言うことは聞くべきだ。そうだろ? 勝手だと言われてもいい。非道だと詰られる覚悟もできている。知ったことか。 盲目になっているのはむしろ、オレのほうだ。 恋は盲目。昔からよくそう言うらしい。 大佐は穏やかな、それでいて磐石たる声音で言う。 「さっきも言ったけれど──君の声や足音で、君だということがわかるから、それでいいんだ」 「『音連れ』ってやつかよ」 「そう、音が知らせてくれるんだ。となりの、君の存在を」 そう言いきって、満足げに微笑んでみせる。日は沈みきり、辺りは薄闇を纏い始めている。 「はたして、どうかな」オレは意地の悪い言い回しをした。「となりにいるのは、本当にオレか?」 「……なんだ?」柔和だった大佐の表情に、翳が差す。 「大佐のとなりにいる、今あんたと手を重ねてる相手は、本当にオレか? 本当に、エドワード・エルリックか?」 数秒、大佐は思考を巡らせるように沈黙した。そして、やにわに手を伸ばし、“大佐のとなりにいる人物”の左足をぐっと鷲掴みにした。 「わあっ」 突然に足を掴まれ、発された小さな悲鳴は、オレの声よりもいくぶん高音だった。 「……機械鎧じゃ、ない」大佐の喉が震えた。“大佐のとなりにいる人物”の左足を揉みしだいている。 「くすぐったいですよ、大佐」 くすくすと品の良い笑い声をあげたのは、アルフォンスだ。 「くすぐったいそうですよ、大佐」オレもにやにやとしつつ、便乗する。「それ以上オレの弟に触ったら、セクハラで訴えんぞ」 *** 現在の状況を簡単に説明しておくと、まずアルが大佐に寄り添うようにして並んで座り、手を重ねあっていた。そのアルの背中に貼り付くようにして、オレが後方に構えている。この状態で大佐と会話をしていたわけだ。 軽いパニック状態に陥っている大佐が、最初にひねり出した質問は、こうだった。「……いつから、<トリオ>になったんだ?」 これにはアルが答えた。「アニマルセンターを出た辺りです。僕は、二人から十メートルほど離れたところを歩いていました」 「鋼のが手を繋いでくれなくなったのは、そのせいか」 「兄さん、手繋いでたの?」 「つ、繋ぐか!」オレは声を上擦らせる。余計なこと言いやがって、くそ大佐め。「中年オヤジの血迷った妄想だ」 「上司の暴言がパワハラだとすれば、部下の暴言は何ハラだ?」大佐は眉をハの字に下げる。オー人事オー人事、とでも悲嘆しだしそうな顔だ。 やかましい、とオレは蛮声を張り上げ、話を本筋へ戻す。 「オレとアルが入れ替わったのは、」 「君がトイレに立ったときだろう」 ネタばらしは、大佐に先を越された。やっぱり、わざとらしかったか。オレは昔から、演技と嘘が不得手なのだ。 「まあ、まさか他人と入れ替わったとは思わなかったが。君たちが入れ替わるチャンスがあったとすれば、あの時だけだ」大佐は滔々と続ける。「君のブーツが慣らす音は独特だからな、いつもすぐに分かるんだが」はにかむように笑んでみせ、「さすがに、砂浜の上では聞き分けられないものだな」 そう、わざわざ海辺にやってきたのは──もちろん夕焼けを観賞するためでもあったが──「足音」を誤魔化すためだった。「音」の限界を、彼に分からせるためだ。 大佐を半ば無理やり連れ出した今日の旅は、名づけるとすれば「説得の旅」だ。陳腐ではあるが。 とにかく、オレは大佐を説得したかった。賢者の石を用い、視力を取り戻してほしかったのだ。幸い、彼には「この国を変えるため」という大義名分がある。建前の上ではそれをよすがとして、自分の本音は、胸の裏側にぎゅっとしまいこむ。「同じ空間を共有したい」という、ただの身勝手な本音は。 この国を変え、もう二度と、賢者の石の<材料>のような、陰惨な犠牲を生み出さない。そう弁明すれば、きっと誰も文句を言わないだろう。オレにとっては、ありがたい大義名分だ。 ──本当のところは、本当の本音は、もっともっと身勝手だ。 こんな手の込んだ旅のプランを考えたのだって、何も世界を救うためじゃない。 世界のためでも、国のためでも、大佐のためでもない。自分のためだ。 オレが、ただ、また大佐の笑う顔を見たいから。オレの笑った顔を、見てほしいから。 些細なことで赤くなるオレの顔を、また、からかってほしいから。 なんて勝手なやつだ、だって? そうだ、その通りだ。 オレは愛に生きる、勝手なやつだ。なんだ、文句あるか。 大体、人類がこうして繁栄したのだって、そこに愛があるからだ。 太古の昔から、人間の行動原理は愛だけだ。オレは、それでいいと思う。 理由なんて、シンプルなほうがいい。そうに決まっている。頭でいろいろ考えるから、複雑になる。 アインシュタインだって、こう言ってた。 「上半身は考えたり計画したりするが、僕らの運命を決めるのは下半身」 シンプルで、実にいい言葉じゃないか。 「『隣にいるのが君だとわかる。それで十分な気がする』って、さっき言ったよな」数十分前の大佐の台詞を引用する。「けど今のあんたは、それすらわからない」 「君が騙したりするからだ」 構わずオレは続ける。こちらに不都合な反駁は鼓膜がろ過するので、オレの意識には届かない。 「『音連れ』にも限界はある。だろ?」 大佐はオレの言葉を聞き、少し眉の位置を高めた後、それから噴き出すように笑った。 「まったく、君には敵わないなあ」 よしきた、とオレは小さくガッツポーズをする。 敵わないなあ、は白旗の合図だ。 *** オレと違って出来の良い弟は、細やかな気も利く。 「じゃあ、僕はここでお暇するね」と言い残し、この場から華麗に立ち去った。自分の役目は果たしたと判断したのだろう。アルにオレの「代役」を頼んだのは、弟という身内の気安さもあったけれど、何より体格が近い人物だったからだ(まあ、オレのほうが、ち、ちょっとだけ、チビだけど)。 自分の手のひらに載った、赤い石を見下ろす。マルコーさんから預かってきたものを、アルが渡してくれた。 オレたちが捜し求め、そして辿りついた、恐ろしい石。真っ赤な血潮のような色をしたその石を、手のひらに載せた瞬間は、さすがに短い戦慄が背筋を走った。大きさの割に、やけに重く感じる。 こんな小さな石が、世界の構造を丸ごと裏返すような力を秘めていると思うと、なんだかおかしくさえあった。 石を大佐に手渡しすると、「やけに、重いな」とオレと同じ感想を漏らした。 「すみません」オレは石に向かって、ぺこりと頭を垂れた。「使わせていただきます」 ほんと、すみません。だけどこいつは、ロイ・マスタング大佐は、石を絶対に無駄にはしない。 あなたたちの命を、必ず新しい命に繋げてくれる。彼はそういう奴だから、どうかひとつ、頼みます。 身勝手なオレのわがままを、叶えてやってください。 大佐は、「ありがとう」と呟き、石をかたく握り締めた。 「お力、お借りします」 「はじめに、なにが見たい?」 大佐が練成を始める前に、ふと思いついて、問うてみた。 「君の笑顔」即答だった。「君の笑顔を見て、そしたら、もう一度君に好きだと伝える」 空はすっかり黒く染まりあがっていたけれど、月影のおかげで視界には困らなかった。大佐は言葉を継ぐ。 「今度こそ答えを聞くから、」 大佐は微笑んで、両手を胸の前で合わせた。練成反応の白い光が飛ぶ。 「最高の笑顔で、待機していてくれ」 馴染みのある、練成の白い光。オレにはもう生み出せない、懐かしい光だ。 練成反応がおさまり、大佐の瞼が動く。この薄闇でもはっきりと確認できるほど長い彼の睫毛が、ゆっくりと持ち上がるのが見えた。 大佐と目が合う。 大佐と目が、合った。今日、初めて、だ。 「……笑ってくれと言ったじゃないか、」 大佐は目を細めて、オレの右頬にそっと手を添えた。 「それは泣き顔だよ、鋼の」 ***************** ありがとうございました!トワイライト〜完結しました。 とりあえず、錬金術を使えないエドも萌えるなあと思いました 目の見えないロイ、楽しかった…! お付き合いいただきまして有難うございました!^^// |